ホタル

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[エッセイ 348]
ホタル

 私の好きな歌謡曲の一つに、「橋場の渡し」という五木ひろしさんの歌がある。その導入部は、♪蝉は三日で蛍は二十日 いのち限りに生きるなら・・♪と歌われている。おそらく、“蛍二十日に蝉三日”という諺を、前後を入れ替えて引用したものであろう。辞書によると、“蛍と蝉の盛りが短いこと、物事の盛りの短いことのたとえ”とはかなさが強調されている。ただ、成虫の実際の活動日数は、セミが約1カ月、ホタルが2週間程度とみられる。

 先日、町内の人たちと出かけたホテルの庭でその蛍狩りを楽しんだ。草の茂みや木の枝に、たくさんの小さな青白い光が点滅している。いくつかは、まるで人魂のようにゆらゆらと空中を遊泳している。葉っぱの裏に隠れている光は、緑色にボーっと透けて見える。目の前にゆらめくものを、そっと手に取り浴衣の中に入れてみた。光は、生地を通して行灯のように穏やかに輝いていた。

 ホタルを間近に観賞するなど、子供のとき以来何十年ぶりのことである。あの妖しく瞬く光は、小さいながらも私たちを魅了してやまない。一口に“百万ドルの”と形容される大都市の夜景とは対照的な密やかな魅力を秘めている。卒業式には蛍の光が歌われ、天井には蛍光灯が輝き、手元には蛍光ペンが用意されている。ホタルは身近にいなくても、それに似たあの妖しげな輝きは、私たちの日常生活に欠かせない存在である。

 ホタルは、世界全体に約2千種類、その多くはアジア、アフリカの熱帯地方に生息している。幼虫は、川より森の湿地に棲むものの方が多い。日本には、約40種類が本州以南にいる。そのうち光るのは10種類程度で、光らないものの方がはるかに多い。日本の代表格であるゲンジボタルヘイケボタルは、川の中流カワニナなどを食べて成長し、5~6月に成虫になる。ゲンジボタルの体長は15ミリ前後、ヘイケボタルは小さくて8ミリ前後である。

 ホタルの一生をゲンジボタルの例でみると、成虫(6月中旬)⇒産卵(6月下旬)⇒孵化(7月上旬)⇒老熟幼虫(翌年5月上旬)⇒さなぎ(5月中旬)⇒成虫(6月中旬)となる。成虫の期間は10~15日間程度とはかない。

 多くの種は、成虫になると口器が退化し水分くらいしか摂れなくなる。このため、幼虫のときに蓄えた栄養で成虫時の繁殖活動を賄う。ホタルが発光するのは、どうやら繁殖活動のためらしい。ただし、それは夜動性の種に限られる。体格はオスよりメスの方が大きいが、行動力はオスの方が勝っている。発光点滅の頻度は、ゲンジボタルの場合で1分間に70~80回くらいである。

 ホタルの、成虫に与えられた時間は、諺よりさらに短くはかない。その星の瞬きほどの間に、子孫を残すために小さな命を燃やし尽くす。
(2012年6月16日)