蝶と蛾

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[エッセイ 596]

蝶と蛾

 

 夜、寝室で夜具の支度をしているときだった。どこから来たのか、小さな白い蛾が電灯の周りを飛び回りはじめた。そのむさ苦しさに、ついたたき落としてしまった。ちょっと可哀想なことをしたとは思ったが、蛾というだけで気持ちが悪くなり、つい手が出てしまったのだ。そういえば、その数日前だった。近所の公園で、白い蝶がひらひらと飛んでいるのを見かけた。「なんて優雅なんだろう」。そう思いながら、目を細めてその姿に見とれていた。

 

 蛾と格闘して床についたあと、そういえばなんで人は蛾を忌み嫌い、その一方で蝶をこよなく愛するのだろうと考えた。子供の時分、ちょうど蛍光灯が出始めた頃のことだった。田圃の脇に誘蛾灯という設備がいくつも設置された。夜になると、その青白い蛍光灯を灯して蛾などの害虫をおびき寄せ、一網打尽にしようというものだった。人は、そこまで蛾を目の敵にしてきたのだ。夏休みの宿題に、蝶の観察日記を絵入りで書いたのとは大きな違いである。

 

 そんなことで、蝶と蛾の違いを調べてみた。まずその外形だが、蝶の羽根は華やかだが蛾のそれは地味である。羽根に付いている鱗粉は、蝶ははげにくいのに対し蛾ははげやすい。その胴体も、細身と太めで、両者の違いははっきりしている。その頭から突き出た触角は、前者がマッチ棒のようなかたちになっているのに対し、後者は蛾眉という言葉があるようにたいてい先が尖っている。

 

 両者の行動パターンもまったく違う。蝶は昼間華やかに活動するのに対し、蛾は夜を舞台とする。もっとも、派手な格好で夜活躍する「夜の蝶」もいないわけではないが。そして、歌舞伎町の誘蛾灯は、人をおびき寄せるためのものである。引き寄せられた客は止まり木で羽根を休め、いっときの夢の世界に浸ろうとする。蝶や蛾ももちろん木や草に止まって休む。そのとき、蝶は両方の羽根を閉じて立てているのに対し、蛾はそれを広げたままだらしなく下ろしている。

 

 これまで、主に成虫の外観について比べてきたが、彼らの一生を俯瞰してみると、幼虫から成虫になる段階で大きな違いがあることに気づく。両者とも、卵から青虫や芋虫あるいは毛虫と呼ばれる幼虫に孵る。何度か脱皮を繰り返し、いよいよ成虫になるという前の段階で蛹(さなぎ)に変身する。そのとき、蝶はそのままさなぎになるが、蛾は繭(まゆ)を作りその中でさなぎになる。

 

 ところで、いま渋沢栄一が脚光を浴びているが、明治の産業革命をリードし、日本を近代化に導いた養蚕は、実は嫌われ者の蛾が主役である。絹糸の原料は、カイコガと呼ばれる蛾の一種がつくる繭である。蚕だって立派な蛾なのに、そちらは下にも置かない扱いである。日本人とはなんと勝手なのだろう。一方、海の向こうのヨーロッパでは、蝶と蛾の区別はほとんどつけないそうだ・・。

                       (2021年7月6日 藤原吉弘)