大暑

[風を感じ、ときを想う日記](1272)7/22

大暑

 

 昨夜は、見事な満月を楽しませてもらった。考えてみると、ずいぶん久し振りのお月さまだった。雲一つない深い闇の中に、くっきりと浮かび上がったまん丸い月は、見事とというほか形容する言葉は見当たらなかった。中秋の名月には間があるだろうと暦を開いてみたら、まだ2カ月も先のことだった。

 

 その暦は、昨夜が「満月」に当たること、そして今日が二十四節気の「大暑」であること、さらには宮島・厳島神社で「管弦祭」があることを教えてくれた。暦は季節の特徴を言葉で示してくれると共に、古い記憶をも呼び戻してくれる。大暑については、ものの本に次のような説明があった。・・梅雨が明け、暑さが厳しくなる。油ゼミがうるさく鳴き、真っ赤なサルスベリが咲き乱れる・・と。そういえば、わが家のサルスベリはやっと花を付け始めたばかりだが・・。

 

 宮島の管弦祭は、幼いころから馴染みが深かった。実家のある部落の漁港には、厳島神社の分社が祀られており、旧暦6月17日になると、管弦祭に呼応して「十七夜」と呼ばれる夜祭りが賑やかに催されていた。ある年、近所の小イワシの網元が、宮島まで船を出すので行かないかと誘ってくれて、本場で本物の管弦祭を楽しませてもらうことができた。今夜も、さぞ賑やかになることだろう。

 

 しとしと雨からやっと抜けだし、せっかく迎えた夏である。暑い暑いとばかりいっていないで、逆にその暑い夏を楽しむ方法を考えてみてはどうだろう。

真夏のやまい

[風を感じ、ときを想う日記](1271)7/20

真夏のやまい

 

 昨日、月に一度通っている医院を訪ねた。持病の処置に長年通っているところだ。ところが、いつも混雑しているはずの入り口は固く閉まったまま、ドアには臨時休院という掲示が張られていた。医師が急病にかかったのだそうだ。投薬の代替措置が細かく表示されていたが、この暑さの中で別の施設を訪ねてまでやりたくはないのでそのまま帰宅してしまった。

 

 そういえば、3日前に参加した老人福祉施設のKサークルでは、メンバーの欠席者が5人もいた。メンバーばかりか講師まで急病にかかったとかで、この日の活動はグチャグチャのまま終わってしまった。欠席者といえば、先週行われたEサークルでもメンバー12名のうち5名もが欠席していた。それぞれ事情は違うはずだが、大半は病欠と目されている。

 

 このように、このところ体調を崩す人が多いようだ。週2回参加しているGGのサークルも参加者が急に少なくなってきた。おおかたは個人的な事情か、猛暑を避けてのことと思われるが、他のサークル同様急病も多いのかもしれない。私自身も夏風邪で先月末から苦しんできたが、その他の人たちも夏風邪や場合によってはコロナに罹った人もいるのではなかろうか。

 

 そのコロナが世界的に蒸し返し、アメリカの大統領まで罹ったという。梅雨明け直後のこの異常な暑さ、健康には注意をしてしすぎることはないようだ。

梅雨明け

[風を感じ、ときを想う日記](1270)7/18

梅雨明け

 

 梅雨が、例年どおりのタイミングで明けた。しかし、今年の降雨量は地域によってかなりの偏りがあったのではなかろうか。その梅雨前線は、九州から東北地方に向かって斜めにまっすぐ伸びることが多かった。その結果、関東地方は前線からは距離があり、雨量も少なかったように思う。事実、一日おきくらいに車を使っていたが、ワイパーを動かした記憶はほとんどない。

 

 晴れ間が覗きだした今週半ばあたりからは、自然界では半世紀前にはなかった象徴的な現象がみられるようになった。一つは、日本の西半分にしかいなかったクマゼミが、関東でも賑やかに鳴くようになったこと。そしていま一つは、外来のアメリカ芙蓉の類いが、各地で大きな花を咲かせるようになったことである。いずれも、私たちが若かった頃にはこの地方では見られなかった現象である。

 

 梅雨が明けてみると、思っていた以上に暑いことにあらためて驚いている。昨年もそうだったはずだし、つい最近経験した梅雨半ばの猛暑もすっかり忘れてしまっているようだ。半月前には、37~8度はあたりまえで40度に達したところもあったというのに・・。人間とは、実にめでたくできているようだ。

 

 それにしても、関東地方の今年のつゆどきの雨量は例年よりずっと少なかったのではなかろうか。これから先の、猛暑の中での水不足があらためて心配される。明日からといわず今日から、節水には特別に気を配る必要がありそうだ。

米が足りない?

[エッセイ 686]

米が足りない?

 

 近所のスーパーで米を買おうとしたら、並べられている商品が極端に少ないことに気がついた。なんと一銘柄のみ、それも5キロ入りのものが10袋くらいあるだけだった。売り場の改装中なのかと思ったが、陳列すべき商品そのものが不足していたようだ。値段も、今まで馴染んできた水準をはるかに超えるものだった。その売り場の脇には、“お一人様二袋まで”との表示まで出されていた。

 

 米は月に一度くらいしか買わないので、今までほとんど気がつかなかったが、他のスーパーもどうやらそんな状況らしい。そういえば、よく利用する別の店にも、品不足をわびる表示が出されていた。付けられている値段も、以前より1~2割高くなっていた。そんなことから、過去に何度も繰り返されてきた米騒動のことまで頭の隅をよぎっていくことになってしまった。

 

 昨今の米不足は、昨年の夏の猛暑が原因の一つのようだ。収穫量に影響があったほか、品質的にも多くの課題が残されたようだ。米粒が白くなるといった高温障害が多発したともいわれている。事実、数カ月前に買った銘柄品は、米粒の大部分が白く変色していた。食感にはそれほどの違和感はなかったが、なんとなくなじめないまま米びつの底が見えるのを待ちわびることになった。

 

 最近の米不足現象で、一番やっかいなのは生産者側の構造的な問題かもしれない。当方の憶測の域を出ないが、生産者人口の減少、あるいは生産者の高齢化によって、米の作付面積そのものが減ってきているのではなかろうか。生産地の人口減少問題にまで原因が及ぶとしたら、問題はいっそう深刻な状況にあるといわざるをえない。

 

 一方、コロナ明け以降の外国人観光客の急増も、米不足にいっそう拍車をかけているのではなかろうか。外国人客の増加によるレストランの米の需要はきわめて堅調だという。一方の日本人の間でも、米離れが一巡して、ご飯の良さが見直されつつあるかもしれない。例えば、コンビニなどでのおにぎりの進化・多様化が、“ご飯文化”の復活に一役かっているかもしれない。

 

 進学で上京したころ、そして所帯を持ったころ、もう半世紀以上も前のことだが戦後の米不足はまだ続いていた。そのため、米は配給制で米穀通帳も健在だった。それ以降も、外米を買いあさったことも何度かあった。現況にそこまでの逼迫感はないようだが、地球温暖化がさらに進み、農業人口の減少と高齢化がいっそう深刻になると、また外米のお世話になるようなことになるかもしれない。

 

 今年の梅雨は、地域によって降雨量の偏りが大きい。これが今後の全体の作柄にどのように影響するだろうか。地球温暖化のさらなる悪影響と併せ、これから先の米の供給状況が心配である。

                      (2024年7月14日 藤原吉弘)

足が、すぐ疲れる

[風を感じ、ときを想う日記](1269)7/7

足が、すぐ疲れる

 

 この春先から、歩きだすとすぐ足が疲れるようになった。それも片足である。わずか数百メートルでその症状が現われてくる。今年の1月にも七福神めぐりに挑戦したように、歩くことにはそれなりに自信があった。歩くことが健康維持の基本であると信じていただけにそのショックは大きかった。

 

 このまま歩行訓練をしながら回復を図るか、医師と相談して治療方法を探るか、なんとなく考えあぐねていた。自身の感触では、老化によるものなので前者がベターだろうとなんとなく考えていた。そんなある日、グラウンド・ゴルフの合間にその話題を持ち出した。あるメンバーから、それは腰部せき柱管狭窄症だよといわれた。そうか、医学的にはっきりしているなら手の打ちようがある。

 

 一筋の光明を見つけたような気持ちになり、その足で町内の整形外科医を訪ねた。レントゲン検査での結果ははっきりしなかったが、その症状からみて腰部せき柱管狭窄症による血流不足が原因だろうという見立てだった。ただ、いまひとつはっきりしないところがあるので、MRIで詳細に調べる必要があるとして、保健医療センターという公的機関を紹介された。

 

 結果は、見立てとは異なり脊柱管は正常だった。あとは、背骨にわずかなズレがみられるので、それによる血流不足が原因かもしれないということになった。当面、対症療法と投薬によって原因と対策を探っていくことになった。

夏の風邪

[風を感じ、ときを想う日記](1268)7/4

夏の風邪

 

 ちょうど一週間前だった。朝起きたら喉が痛かった。あれ?寝冷えでもしたかな!それも結構重症を思わせた。喉の痛みに加え、咳、タン、鼻水とひととおりの症状が揃っていた。まあ、あり合わせの風邪薬でも飲んでおけば、そのうち良くなるだろう。そう、たかをくくっていた。翌土曜日のグラウンド・ゴルフの練習会にも参加した。途中から霧雨も降りだす悪条件の中。

 

 そして日曜日には、子供や孫たち6人が来てくれた。息子が、海外の事業所から出張で帰国したためだ。早くから予定されていたことであり、コロナではないという確信もあったので、みんなと気持ちよく半日間を過ごすことができた。しかし、あとで聞いた話だが、孫たちは“あんな元気のないジイジイを見るのは初めてだ”といっていたそうだ。

 

 月曜日、朝一番で近所の内科を訪ねた。最初に受けたのはコロナの検査だった。もちろんなにもなく、投薬だけで済んだ。以来、自宅でとにかく静かに過ごすよう努めている。おかげで、喉の痛み、鼻水、タンなどはすっかり消えたが、咳だけはしつこく残っている。そのせいで、咳のつど腹膜の筋肉痛が伴うようになってきた。残念ながら、これだけはかなり長引きそうな悪い予感もしている。

 

 たかが風邪、というのが間違いだった。体力の低下も考え、これからはみんなに迷惑をかけないよう、平素から気をつけていかなければならないようだ。

ハンゲショウ

[風を感じ、ときを想う日記](1267)6/30

ハンゲショウ

 

 明日、7月1日は雑節の半夏生ハンゲショウ)にあたる。平年は7月2日だが、今年は閏年に当たることから1日前にずれたようだ。折しも、ハスの花の咲く水辺では、植物の半化粧(ハンゲショウ)が見ごろを迎えている。半夏生は雑節あるいは七十二候の一つであり、半化粧は植物の名前である。この時期、両者は同じ発音なのでわざと混同させているようですらある。

 

 雑節としての半夏生は、もとは七十二候(シチジュウニコウ)の一つである。季節の節目に当たることから、とくに「雑節」としてもクローズアップされたものであろう。七十二候は、二十四節気の各節気をさらに3つに分けたものの一つで、一年間では72候になる。半夏生を雑節として呼ぶ場合は「ハンゲショウ」だが、もとの七十二候の一つとして呼ぶ場合は「ハンゲショウ」となる。

 

 一方、植物としてのハンゲショウは、漢字で書くときは「半化粧」と書く。ちょうど今の時期、葉っぱが半分だけ白くなることからそう呼ばれるようになったらしい。それをもじって片白草(カタシロ草)と呼ばれることもある。ドクダミ草の仲間で、水辺や湿地に生える。葉っぱが白くなるのは、受粉のために虫をおびき寄せるのが目的らしい。白い部分は受粉が終わる頃元の緑に戻る。

 

 ちょうど暑くなる時期なので、水辺のドラマは一服の清涼剤となり、私たちをやさしく慰めてくれる。