ブラヴォー

[風を感じ、ときを想う日記](1155)12/2

ブラヴォー

 

 今朝は、普段よりちょっぴり早起きした。「どうせだめだろう」と思いながらも、サッカーワールドカップの様子を見たかったためだ。終了直前だったが、なんと日本が2-1で勝っていた。「まさか」とにわかには信じられなかった。「もう少しだ、頑張れ!」と心の中で叫んでいるうちに試合はめでたく終わった。

 

 試合後のインタビューで、長友佑都が「あれ、やっていいですか。小さい声で言うんで」と前置きして、「ブラヴォー!」と3回叫んだ。中年に差しかかった彼の、茶目っ気たっぷりの雄姿だった。しかし、あれを聞いて、寝起きにもかかわらずジンとくるものがあった。あの雄叫びには言いしれぬ迫力があった。

 

 そのかけ声、横文字ではBRAVOと書くので、カタカナではブラヴォーとなる。このかけ声は16世紀末から17世紀初めごろイタリアのフィレンツェで生まれたのだそうだ。「よくやった」、「素晴らしかった」、あるいは「見事だった」と、演技や競技の終了後にそれを称える言葉だそうだ。

 

 もとは、クラシック音楽やオペラの演奏会の場で、観客から発せられる感嘆詞だそうだ。称える相手の人数や性別によって語尾が微妙に替えられる。男性一人の場合はBRAVO、女性一人のときはBRAVA、男性複数または男女混合のときはBRAVI、そして女性だけ複数のときはBRAVEとなる。

 

 一生に一度でいいから、“ブラヴォー”のかけ声をかけられてみたいものだ。

三の酉

[風を感じ、ときを想う日記](1154)11/28

三の酉

 

 今日11月28日は三の酉にあたる。十二支の一つである酉の日は、12日ごとに必ず廻ってくる。それが11月になると、「酉の日」としてわざわざ取りあげられるのは、この月のこの日に限って酉の市が開かれるためだ。関東地方の、それも特定の社寺に限ってのことだが、参道に露店が並び縁起物の熊手が売られる。あの景気のいい手拍子には、誰もが勇気と元気をもらうことができる。

 

 もう一つ、「三の酉まである年は火事が多い」といわれている。その年は活気がありすぎて、火事にまでつながるような熱気があふれてくるためだそうだ。しかし、過去の統計を見ても、そのような傾向はどこにも見られない。それでも、これから本格的な冬を迎えるので、火の元には十分に気をつけなければならないことはいうまでもない。

 

 ところで、11月の三の酉がわざわざ取り上げられるほど珍しいのだろうか。干支は12種類あり、それが日毎順番に廻ってくる。酉が月初から6日までにあれば、その月には三の酉があるということになる。つまり確率は5割、2年に一度は11月に三の酉が現われることになる。しかし、景気のいい年と悪い年、あるいは火事の多い年と少ない年が交互にやってくる保証はどこにもない。

 

 こんなつまらないことを一体誰が言い出したのだろう。ただ、珍しいことをやれば儲かる、変わったことをいえば注目を集めると思っただけかもしれない。

初冬の日射しの輝き

[風を感じ、ときを想う日記](1153)11/26

初冬の日射しの輝き

 

 初冬の日射しはことのほか美しい。強からず弱からず、それでいて他の季節には見られないほど光の透明度は高い。雨が少なく、空気中の湿度が下がっているためであろう。さらには、花の少ない季節なので、空中を漂う花粉などの飛散も抑えられているためかもしれない。そして、台風シーズンも去り、枯れ葉を舞い上げる強風もあまり吹かず、穏やかな日々が続いているためとも考えられる。

 

 枯れ葉といえば、木々の葉が命つきる直前の姿もまた見事である。春の新緑が濃さを増す夏場を過ぎると、その色合いは涼風とともに徐々に秋の色へと変わっていく。その変化の過程も興味深いが、その極まりはさらに美しさを発揮する。イチョウの黄色だったりモミジの紅色だったり、そしてそれらの木々の多様な色が混じり合う自然林のグラデーションだったり・・・。

 

 こうした黄や紅が初冬の穏やかな日射しに輝く様は、この季節でしか味わえない美しさである。そして、もっと素晴らしい色合いは、それらの木々を下から見上げたときである。逆光に透けて見える黄色や紅色の美しさは、陽光に照らされた表の色の何倍、何十倍の美しさがある。それが一色だけでなく、何色も混じり合っているとすれば、それから受ける感動もまた倍加するはずである。

 

 近くには、イチョウやモミジの木もたくさんあるはずだ。初冬の穏やかな日射しのもと、それらのグラデーションをゆっくりと楽しんでみてはどうだろう。

 

こむらがえり

[エッセイ 643]

こむらがえり

 

 三日前、金曜日の就寝中のことだった。夢うつつに思いっきり背伸びをしたら、右足がつって激しく痛んだ。“イタタタタタタタ・・”、痛いだけでどうすることもできない。激しく痙攣しているふくらはぎをさするのが精一杯、ただただ我慢して治まってくれるのを待つだけだった。過去にもこんな経験をしたことは何度かあるが、今回のものはとくにひどかった。

 

 たいていは一過性で、時間が経つとそのまま眠りについていた。そして、朝には何事もなかったように穏やかになっている。ところが、今回は後遺症といっていいようなものが残っていた。ジッとしていればなんでもないが、歩くとその部分が筋肉痛のときと同じように痛む。とくに、階段を上るときは痛みが大きい。そして、三日経った今日も同じように痛む。

 

 この「こむらがえり」、俗に足がつるという症状は筋肉の痙攣の総称だそうだ。主にふくらはぎにおこるが、足の裏や踵あるいは太ももにもおこることがある。自分の意志とは無関係に、筋肉が持続的に痙攣し激しく痛む。睡眠中、だいたい明け方に突然おこることが多いという。そのきっかけには、特別の心当たりのないのが普通だが、激しい運動で筋肉を使いすぎたときにもおこるそうだ。

 

 体内に蓄積されているはずの、カリウム、カルシウム、あるいはマグネシウムなどの電解質の異常やその不足が主な原因だそうだ。これら、とくにマグネシウムの摂取不足が主な原因だといわれている。さらには、せっかく摂取していても、下痢、嘔吐、発汗、激しい運動などによって失われたり、利尿剤によって体外へ放出されたりすることも理由として考えられる。

 

 これらの不足分を補うには、それらを多く含む食品を積極的に摂取するのがお勧めだそうだ。海藻類、ナッツ類、牛乳やチーズなどの乳製品、豆腐などの大豆食品、骨ごと食べられる小魚、ナガイモやサツマイモといった根菜類、そして果物としてはバナナやキウイがそれに当るという。そして最も大切なことは、水分を積極的に補給すること、とくに夜間のこまめな補給が大切だそうだ。

 

 ここまで、「摂取不足」のことばかり取り上げてきたが、運動不足も立派な理由に挙げられる。就寝前に、全身の、とくに足の筋肉をゆっくりと「伸ばす」動作をするのが効果的だそうだ。そして、これまで触れてこなかったが、自身の気づいていない病気が原因になっているかもしれない。“いずれ”などといわず明日にも、自身の健康を専門機関で再チェックしてもらってはどうだろう。

 

 ところで、今回のこむらがえりは、三日経っても傷みはまったく引かず、腱鞘炎を患ったときのように長く尾を引いている。いままでの経験から、傷んだ筋肉の治療には相当の時間を覚悟しなければないようだ。

                     (2022年11月21日 藤原吉弘)

ポップ・ミュージック・ショー

[風を感じ、ときを想う日記](1152)11/13

ポップ・ミュージック・ショー

 

 地元バンドによるポップミュージックショーに、抽選で招待するという小さな案内が市の広報紙に載っていた。場所は、ふじさわ宿交流館という市営の観光案内所に併設された多目的ホールである。だいぶ前のことだったので忘れるところだったが、昨日の午後、遊行寺の近くまでそれを見に出かけていった。

 

 小さなホールだが、定員をさらに半分近くまで絞り込んでいたので、入場者は全部で50名ほどだった。出演者は、女性2人を含む5人編成のバンドだった。全員が地元のアマチュアグループだという。

 

 演目は、昭和に流行った内外のポップミュージックだった。途中15分程度の休憩を挟んで約2時間、懐かしのミュージックをたっぷりと聴かせてくれた。最近の歌にはまったく興味がないが、あの頃の音楽は体に染み込んでおり無意識のうちに反応してしまう。無料招待ということなので、本当にアマチュアかもしれないが、客を楽しませる技術と心がけはまさしくプロ並みであった。

 

 客のほとんどは高齢者だったが、出演者との距離は近く、みんなの気持ちは一つになって盛り上がっていた。ただ一つ残念だったのは、幕に代わって透明のカーテンが常時下ろされ、舞台と客席は完全に遮断されていたことだ。

 

 コロナ時代のやむを得ない措置だろうが、目の前に見えるのはリモートのスクリーンかあるいは水族館の水槽ではないかと錯覚しそうな環境だった。

 

 注)会場の写真は休憩中のもの。撮影禁止のため、演奏中は控えた。

ザルギク

[風を感じ、ときを想う日記](1151)11/11

ザルギク

 

 秋雨前線と入れ替わるように、紅葉前線が北からゆっくりと南下しはじめ、近在でもハゼウルシが朱色に変わりはじめる。そんななか、町内ではザルギクの名所が見ごろを迎える。今年も見に行かなきゃあと思いつつ、雑用が重なってなかなかその機会を見いだせないでいた。今日、やっとそのチャンスに巡り会えた。それも、これ以上無いといううららかな小春日和に恵まれてのことである。

 

 やっぱり満開だった。赤、黄、そして白。ザルを被せたような小さなキクの花のかたまりが、何十株という単位で縦横きれいに並べて植えられている。全体では一体何千株になるのだろう。一坪あたり15~20株、それが300坪の畑に植えられているとすると、5000株前後が満開を迎えていることになる。

 

 ただ、ちょっと気になることがあった。ある部分、全体の20%くらいの株が小さくなるか無くなってしまっていた。勝手な推測だが、持ち主がご病気だったかあるいはご高齢となって、十分に手入れできなかったのではなかろうか。「来年こそは」のフレーズが、訪れる人共通の願いになったのではなかろうか。

 

 この日は、天高く晴れ渡り、風もまったくないうららかな日和だった。旧暦では、十月を小春と呼ぶことがあり、この時期のこんなうららかな日を“小春日和”と呼んでいる。その今日は、偶然にも世界平和記念日だそうだ。まさに、“うららか”はもとより、“世界平和を謳歌する日”に相応しいお天気だった。

立冬

[風を感じ、ときを想う日記](1150)11/7

立冬

 

 今日11月7日とこれからの2週間は、二十四節気でいう立冬にあたる。書物などによると、陽の光が弱くなり、冬の気配が感じられるようになるころ。そして、サザンカスイセンの花が咲きだし、北国からは雪の便りが届くようになるころと解説されている。まさに、冬の入り口に差しかかったわけである。

 

 たしかに、冬の始まるころという雰囲気があたり一面に漂いはじめた。木枯しが吹き、木々の葉っぱは次々と吹き飛ばされていく。きれいな写真を撮りたいと歩きまわっても、満足のいくような花などどこにも見あたらない。その一方で、テレビでは、北海道や東北の雪の景色が見られるようになってきた。

 

 そんな折、手元にあった暦をながめていたら、明後日11月9日は119番の日とあった。それなら、一日前の明日は118番の日になるのかなと思ったら、海上保安庁の日は1月18日だと書かれていた。そして、110番警察庁の日は11月10日ではなく1月10日だと明記されていた。

 

 余談はともかく、立冬の声とともにいよいよキクのシーズンに入る。赤、黄、ピンク、そして白。色だけではない。花の形や大きさ、さらには花びらの形まで個性豊かなものが次々と登場してくるはずだ。そして、いま山の中腹を彩っている紅葉も少しずつ里に下りてくるはずである。日々厳しさを増す寒さを跳ね飛ばし、これからは菊と紅葉を存分に楽しみたいものである。