ハクサイ

[エッセイ 644]

ハクサイ

 

 こう寒くなると、夕食にはなべ物が恋しくなる。その熱々の鍋になくてはならないのがハクサイである。あの、みずみずしさとしゃきしゃき感、そして癖のない控えめな香りと味、野菜類で他に例をみない貴重な存在である。もし、ライバルがいるとしたらモヤシくらいだろう。たしかに、しゃきしゃき感とみずみずしさにおいては、双方とも一歩も譲ることはなさそうだ。しかし、もう一方の香りと味わい、そして料理の汎用性においては天と地ほどの違いがある。

 

 ハクサイは、アブラナ科アブラナ属の二年生植物だ。原産は中国だが、原種は地中海沿岸あたりまで遡る。最初のころは葉っぱの開いたただの菜っ葉だったが、11世紀になると結球型が現われる。日本に入ってきたのは幕末に近いころだった。しかし、交雑性が強く、当時の日本では結球型の維持は難しかったようだ。アブラナ科の類似植物の花粉が飛び交っているため、他の種類とすぐ結びついてしまい、葉っぱの開いた菜っ葉になってしまったのだそうだ。結球型を維持するためには完全隔離が必要だったようだ。

 

 その解決策は、他のアブラナ科の植物が存在しない離島にあった。1916年、宮城県の沖に浮かぶ松島で初めて成功し、その産物は「仙台ハクサイ」として日の目を見ることになる。後に、愛知県や石川県でも成功したそうだ。ハクサイは冷涼な気候を好む。日本では、晩夏から初秋にかけて種を撒き、間引きをしながら初冬から春先にかけて収穫するのが一般的である。連作障害があるので、同じ畑で続けて栽培するのはタブーだ。世界の生産では、日本、韓国、中国北東部が多い。日本での収穫量は、ダイコン、キャベツに次いで3番目に多いという。

 

 ハクサイの料理といえば、一番先に鍋料理が上げられる。つづいて、煮物、おひたし、汁物、炒め物、蒸し物、中華麺や餃子のお供、そして漬け物といったところだろう。なかでもハクサイの漬け物は、他の追随を許さない食卓の必需品である。とくに、手間と時間をかけて仕上げられたキムチは絶品である。わが家では、といっても私だけだが、夕食の最後はキムチで締めることにしている。

 

 もう二十数年も前のことだが、韓国のソウルに旅行したことがある。ホテル到着後、夕食のため明洞(ミョンドン)の焼き肉店まで足を運んだ。席に着くとすぐ付け出し?としてキムチが出てきた。うまかったので、それだけをポリポリと食べた。肉が来てからも熱心に食べた。皿が空になると、なにも言わないのにその都度すぐおかわりをもってきてくれた。後で考えてみたら、「キムチだけは客に不自由な思いをさせてはならない」ということだったのかもしれない。

 

 これからの季節、ハクサイが名脇役となって食卓を彩ってくれる。わが家では、キムチにも姿を変えて、脇役の補佐役も務めてくれるはずである。

                     (2022年12月12日 藤原吉弘)