タチアオイ

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[エッセイ 468]
タチアオイ

 梅雨のはしりが現れるころ、柔らかい印象をもつタチアオイの花が咲きはじめる。農家の庭先やちょっとした空き地あるいは道ばたなど、水はけの良さそうなところならどこにでも見かけることができる。最初は、足下に咲く普通の草花に見えるが、やがて真ん中の茎が垂直に芽を出し、天に向かってどんどん伸びていく。伸びるはしから、茎の周りに次々と花をつける。

 梅雨も半ばにさしかかるころには、高さも人の背丈を軽く超え、まるで花の林のような様相を呈してくる。花は、上に向かってどんどん咲いていく。その一方、根元に近い方から順に枯れ落ち、梅雨の終わるころには全体がフィナーレを迎える。この花、梅雨のころ私たちの目を潤してくれるので別名を梅雨葵と呼ぶ。

 和紙で作った造花のようにさえ見えるこの花は、アオイ科の代表的な花である。アオイという名前は、太陽を仰ぎ見ながら上に伸びていくことから「仰日(あおひ)」と呼ばれるようになり、訛ってアオイになったと伝えられている。日本でも広く使われているホリホック(hollyhock)という名前は聖地の花を意味し、12世紀ごろ十字軍によってシリアから運ばれたことに由来するそうだ。

 タチアオイはアオイ目アオイ科ビロードアオイ属の多年草である。日本では古くから栽培されているそうだが、これらはトルコ原産のものと東ヨーロッパ原産の雑種ではないかといわれている。茎はまっすぐ上に伸び、その丈は高いものでは3メートルにも達する。花は一重または八重でその径はおおきいものでは10センチくらいになる。花の時期は6~8月ごろが普通である。

 タチアオイアオイ科の中心的な存在と聞いていたが、それでは「アオイ」とはどんな花なのだろう。実は、存在しない、というのが正解らしい。代わって、タチアオイの仲間を拾い上げてみることにした。オクラ、ゼニアオイ、ハナアオイ、フヨウ、ハイビスカス、ムクゲ、そしてモミジアオイ、これらがタチアオイに最も近い仲間だそうだ。いずれもアオイ目アオイ科に属するという。

 ところで、アオイというと「葵」を連想し、徳川家の家紋「三つ葉葵」へと繋がっていく。ところが、「アオイ」という植物は存在せず、三つ葉葵も架空の植物であることがわかった。実は、あの家紋に描かれているものは双葉のフタバアオイを図案化したものだそうだ。そして、フタバアオイアオイ科ではなく、別の仲間のウマノスズクサウマノスズクサカンアオイ属なのだそうだ。

 タチアオイを市の花に指定しているのは静岡市会津若松市だそうだ。いずれも徳川家と最もゆかりの深い市であるが、三つ葉葵が架空の植物であることから代役としてタチアオイを取り上げたに違いあるまい。

 まあ、細かいことはさておき、花を愛でるのは結構なことだ。
(2017年7月6日)