カシワ

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[エッセイ 512]
カシワ

 ご近所の庭に、カシワの木が植えられている。それほどの大木ではないが、夏場にはその葉っぱを青々と茂らせる。その木に、いま薄茶色に変色した大きな葉っぱがしっかりとしがみついている。冬を越し、暖かくなった春になっても、それらは落ちる気配を見せない。落葉樹は、秋になれば、葉っぱが枯れて落ちるのが当たり前と思われているだけに、その光景はある意味異常である。

 ある日、その家のご主人に声をかけてみた。「この木の葉っぱは落ちないですね。受験生にプレゼントしてみてはどうでしょう」「いいアイディアですね!」。会話はそこで終わったが、その向かい側にあるわが家の車庫には、カラカラに乾いた大きな葉っぱが4~5散らばっている。早めに落ちたそれらの葉っぱは、わが家の車庫を予備校と勘違いしているのかもしれない。

 このカシワの木、手元の「広辞林」には次のように説明されている。ブナ科の落葉高木。高さ約10メートル、樹皮は厚く深く縦に裂けている。葉は大きな長倒卵形で縁は波形をしており、裏には一面に黄色の毛が生えている。初夏、ひものようにたれ下がって雄花が咲き、ほぼ球形のどんぐり形の実がなる。雌雄同株。

 ちなみに、その辞書のカシワの項には、柏、檞、槲、という3つの漢字が並列的に当てられている。しかし、それらの違いについては特段の説明はない。そこで、さらに調べてみると、柏はスギ科とヒノキ科のさまざまな針葉樹を包括的に意味することがわかった。しかし、他の2つについては判らないままだったが、各種資料の扱いから、槲という字が一番妥当ではないかと判断される。

 このカシワという名前の語源については、次のような説がある。食べ物を蒸すときに使うので「炊葉(かしきは)」、食物を盛ったり包んだりするので「食敷葉(かしわ)」、葉っぱが堅いので「堅し葉(かしは)」、などである。

 このカシワにはいろいろな言い伝えがある。葉っぱがなかなか落ちないのは、「葉守りの神」が宿っているためだ。この葉っぱは、「葉(覇)を譲る」といわれ、世代を絶やさない家運隆盛を象徴する木だとされている。次の新しい芽が出るまで落ちるのを待つ、いわば後継者を見定めてから現役を去るためである。
 
 なんだか葉っぱの話ばかりになってしまったが、カシワはオーク材の一種で、木材としての利用価値も高い。高級建材、家具、土台、枕木などに求められる堅いという特徴が好まれているようだ。その一方、ウイスキーやビールあるいは葡萄酒の樽の材料として、欠かすことのできない貴重な存在でもある。

 桜の開花があちこちで聞かれるようになってきた。落ちない葉っぱのおかげで、受験生にみな「サクラサク」の朗報が届き、わが家の車庫のような落ちた葉っぱの予備校が無用の長物となることを切に祈りたい。
(2019年3月21日)