大寒

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[エッセイ 508]
大寒

 大寒の日、急に思い立ってゴルフに出かけることにした。ちょうど、箱根山麓にあるホームコースの、新春杯という競技会が予定されている。前日夕方の天気予報によると、翌1月20日の大寒の日は、最高気温は14度くらいまで上がるという。冬の寒い間はゴルフもお休みさせてもらうつもりでいたが、そんなに暖かくなるなら、なにも尻込みすることはなかろうというわけである。

 昔からの、大寒にまつわることわざに、「小寒の氷、大寒に溶く」という言い伝えがある。小寒の寒さで凍り付いた氷が、一番寒いはずの大寒になって暖かさが戻り、すっかり溶けてしまったというわけである。その心は、「物事は、必ずしも順序どおりにはいかないものだ」ということらしい。今年の、小寒から大寒への移行は、まさにそれを言い当てたものだった。

 その大寒とは、二十四節気の最後の半月間で、1月20日頃からの一番寒い時期を指す。二十四節気とは、一年を二十四等分したそれぞれの半月分の期間を、季節の特徴に合わせた象徴的な言葉で呼んだものである。この暦では、太陽が春分点を出て再び春分点に戻るまでを一年としている。その最初の日とそれを含む半月分の期間が春分であり、一番最後が大寒である。

 大寒は、一年で一番寒いとき、寒さが底を這う時期である。神社では湯立神事が行われる。大釜で湯を煮立て、その湯を笹でふりかけて参拝者の健康長寿を祈る。巷の道場では、寒稽古や寒修行が行われる。寒中に行われる修行は、厳寒の中で己を限界まで追い込み、いかなる苦境にも耐えられる強い精神力を養おうとするものだ。庶民の間では、大寒卵を食べる風習がある。「子供が食べると丈夫に育ち、大人が食べると金運が上がる」と信じられている。

 寒い地方では、大寒の厳しい寒さを利用して、氷豆腐や寒天づくりが盛んに行われる。伝統的な醸造蔵では、味噌、醤油、日本酒などの仕込みが始まる。気温の低いこの時期の水は雑菌が少なく、長期保存の必要な食品の仕込みに適しているためだ。その一方、露地では、春への準備がちゃくちゃくと整えられている。福寿草水仙が咲き誇り、蕗の薹が芽を出してくる。その頭上では、椿に混じって白梅や紅梅がほころび、柳が芽吹きはじめる。うまくすると、ヒバリの初鳴きが聞かれるかもしれない。

 大寒の初日、氷も溶かすぽかぽか陽気に恵まれて、気持ちよくゴルフを楽しむつもりでいた。しかし、眼下に望む相模湾にかけては広く晴れわたっているのに、箱根の山頂から吹き下ろす風は冷たい雨を伴っていた。結局それは昼まで続き、午後からは、雨は上がったものの風はさらに強まった。気温は言い伝えどおり大きく上がったが、雨は、天気予報とプレーヤーの期待を大きく裏切った。
(2019年1月21日)