アリ

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[エッセイ 356]
アリ

 先日、わが家の台所でアリの行列を見つけた。黒い筋は勝手口から食器戸棚へと続いていた。お目当ては、そこにしまってある蜂蜜のビンだった。さっそく、新たに侵入してこないよう、勝手口周辺に殺虫剤を撒いて行列を遮断した。その上で、目の前にいるアリを一匹いっぴき窓の外につまみだした。なにしろ膨大な数である。狂ったように走り回るもの、食器の陰に隠れるものなど、アリのくせに蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 小さな闖入者と、30分くらいは格闘したろうか、やっと姿が見えなくなった。そう思って目を凝らして見ると、また5匹10匹と物陰からはい出してくる。その都度、つまんでは窓外に放り出す作業を繰り返した。いったい何千匹侵入していたのだろう。

 それにしても、どうしてここに蜂蜜があると分かったのだろう。最初にそれを発見したアリは、そのことをどんな手段で仲間に伝えたのだろう。彼らは、どうやって行列をつくり、ハチミツと巣の間を繋げていったのだろう。どこにでもある光景だが、こうして突き詰めてみると不思議なことばかりである。

 アリといえば、イソップ物語で指摘されるまでもなく、暑いさなか“働き蜂”のようによく働くというイメージがある。文献を開いてみたら、当たり前のことだった。アリはハチの一種だった。一種というよりハチそのものなのだ。例えば、スズメバチから見たアリは、ミツバチより近縁にあたるという。彼らのことは、アリというより羽根のないハチと呼んだ方が当たっているようだ。

 ところが、羽根のあるアリもいることに気がついた。そこで、今度はそのあたりのことについて整理してみた。アリは、羽根のあるものとないものに分けられる。羽根があるのは生殖機能を備えた若いアリである。羽根は空中で交尾をするために特別に用意されたものだ。交尾が終わるとオスは死ぬ。メスは羽根を落として女王アリとなり、巣穴を掘って地中にコロニーをつくる。

 一方、最初から羽根のないものもいる。本来はメスだが、生殖機能が未発達で卵を産むことのできないものたちだ。一生を働きアリとして通す運命にある。この働きアリのうち、身体と頭がとくに大きいものが兵隊アリとなる。これら働きアリの多くは、巣にとどまって女王とその卵や幼虫の世話にあたる。そして高齢になると、外に出て餌を探しまわる役目が回ってくる。

 ところで、アリの情報伝達手段だが、彼らは体内から分泌されるフェロモンという生理活性物質を地面にこすりつけて道標にする。私たちは、アリは働き者だと信じている。ところが、炎天下で目まぐるしく動き回っているのは、メスの後期高齢アリたちだけだった。そういえば、今日は敬老の日だ。
(2012年9月17日)