キジバトの抱卵

イメージ 1

[エッセイ 464]
キジバトの抱卵

 他所へ引っ越したはずのキジバトたちが、その翌日、月曜日にはそろって帰ってきた。その二羽は、中止していた営巣活動をすぐに始めた。

 巣作りは、これからが本番と思われた。しかし、メスは座ったまま動かなくなった。もう抱卵を始めたのだろうか。これで完成というのであれば、巣はずいぶんお粗末である。それにしても、下から見上げる限りそこに卵があるようには見えない。はたして、本当にもう生んで抱いているのだろうか。

 その翌日から毎日が楽しみになった。朝、雨戸を開けるとちゃんと座っている。「おはよう」。夕方、雨戸を閉める段になってまた目が合う。「おやすみ」。たまに羽ばたきをすることはあるが、それ以外の時間はとにかくそこに座っている。なんという辛抱強さであろう。座り始めた5日目の金曜日、朝から大雨になった。それでも、メスはそれに耐えてじっと座り続けていた。

 このハトたち、巣作りや子育てについて、親からなにも教えられていないはずなのに、きちんとそれを成し遂げようとしている。見たことも聞いたことも、もちろん経験もないのに、ただ本能だけでそのやり方を忠実に再現し、立派な子孫を残こそうとしている。遺伝子の威力に、ただただ驚嘆するばかりである。

 ハトが帰ってきた一週間後の月曜日、日帰りのバス旅行に出かけた。帰宅後、夕方になって雨戸を閉めようとしてハトがいないことに気がついた。腹が減って、どこかへ餌を探しに行ったのかもしれない。しかし、翌朝もまた留守だった。ふと、下を見ると白いものが見えた。「ひょっとして」と思いそこまで行ってみた。卵の殻が二かけら落ちていた。ヘビかカラスにやられたらしい。

 あきらめきれなかったが、ここまで荒らされたらもう元へ戻すことは不可能である。散らかっているものを片付けようと、壊れた巣を竹竿でつついて枝から落とした。すると、もう1個無傷の卵が落ちてきた。食べられてしまったと思われるものと合わせると、ハトが抱いていたのは2個だったことになる。

 これらのことから推測するに、巣を襲ったのはヘビではなくカラスだったようだ。巣のある梅の木は葉っぱが茂り、周囲からは全く窺い知ることができない。ただ、下からは丸見えなので、なにかの拍子にカラスがそのことを知ったのかもしれない。それにしても可愛そうなことをしたものだ。私たち家族にとっても、せっかくの楽しみを無残に奪われてしまったのだ。

 翌水曜日、朝ドラを見ているときだった。庭の方でなにかの気配が感じられた。ふと見ると、いつも近所をうろついている見覚えのある野良ネコだった。彼は、その梅の木にとりつくと、一直線に巣のあった場所へと向かい、そのあたりを盛んに嗅ぎ回っていた。ハトを襲った真犯人は、野良ネコだった。
(2017年6月3日)