巣ごもり

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[エッセイ 555]
巣ごもり

 

 子供の頃、実家ではニワトリを飼っていた。普通の白い品種で、オスが1羽にメスが3羽いた。卵を産むとけたたましく鳴いた。卵は2~3日に一度しか生まなかったが、それでも3羽いたので、一日1個くらいは得られた計算になる。卵は、当時でも1個10円くらいはする貴重品だった。


 メスは、1年に一度くらい抱卵期に入った。卵は産まず、地面に座り込むような仕草を始める。方言で「スネる」といっていた。体温が上がり、それを冷やすための行動だったようだ。冷たい卵を抱くと、気持ちがいいらしい。抱卵を始めて3週間、21日が経つとヒヨコが生まれた。


 鳥類は、ほぼ例外なく抱卵期を迎え、巣ごもりをして卵を温める。もっとも、「託卵」といって他の鳥に任せるカッコウのような狡い鳥もいることはいる。その抱卵、子孫が可愛いのでそうするのだろうと思っていたら、「チコチャンに叱られる」の解説では、体が熱くなるので単に冷やしているだけだという。


 この鳥たち、一体どのくらいの期間、抱卵のために巣ごもりをしているのだろう。スズメは12日、ニワトリは21日、アヒルは26日、カモは28日、そしてタンチョウヅルやフンボルトペンギンは42日だそうだ。メスだけという場合もあれば、雌雄交代、あるいはオスだけという場合もあるようだ。


 一羽だけで抱卵する場合は、1日に一回程度は巣から出て餌を食べる時間を持つようだが、いずれにしても根気のいる仕事ではある。もっとも、チコちゃんがいうように、そうしているのが一番気持ちがいいからそうしているだけだということかもしれない。


 巣ごもりは、鳥の抱卵に限らず虫や動物などの「冬眠」も同じことである。昆虫ではハエ、カ、チョウなど、両生類ではカエルやイモリなど、爬虫類ではカメ、ヘビ、トカゲなど、そして哺乳類ではコウモリやクマなどである。いすれも、厳しい冬を乗り切るための手段として長年引き継がれてきたものである。


 われら人間はいま、感染病を広げないために巣ごもりをしている。コロナウイルス感染症は、人と人との接触があって初めて感染する病気である。逆に、接点を絶てば絶対に広がらない病気でもある。その一方、生きていく上で一番肝心な食は、接点がなければ得られない。まして、人は「社会的な動物」である。互いに接触があって、初めて活きいきと生きていける動物である。


 人と人との接触を断つことがいかに苦しいことか、この2ヵ月間で嫌というほど味あわされた。それでも、他の生き物が巣ごもりによって厳しい時期を乗り越えてきたように、私たちもここを乗り切ってこそ明るい明日がある。厳しい冬の先には必ず春がある。私たちの「啓蟄」は、もうすぐそこにある。
                          (2020年5月10 藤原吉弘)
注)「啓蟄」とは、二十四節気の一つ。3月6日ごろ、土の中で冬ごもりしていた虫たちが地上に出てくるころのこと。