ユングフラウ

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[エッセイ 353]
ユングフラウ

 私たちは、スイス山岳観光の最大の目玉、ユングフラウ山地を目の前にしていた。左からアイガー(標高3,970m)、メンヒ(4,107m)、そしてこの日の主役ユングフラウ(4,158m)が連なって見える。一行は、起点駅の一つラウターブルンネン駅(797m)でヴェンゲルンアルプ鉄道に乗った。次々と変化していく山や谷の風景に見とれているうちに、ユングフラウ鉄道の起点となるクライネ・シャイデック駅(2,061m)に着いた。

 そこで、赤い車体に黄色い帯の入った電車に乗り換えた。最初の駅、アイガーグレッチャーを過ぎると、終点のユングフラウ・ヨッホ駅(3,454m)までずっとトンネルである。トンネル部分の下半分はアイガー北壁の、上半分はメンヒの北斜面の裏側を抜けている。その中間地点2カ所に駅が設けられ、ガラス張りの覗き窓から山の表面が覗けるようになっている。電車は、これら2つの駅に5分ずつ止ったあと、約50分をかけて終点にたどりついた。

 ヨーロッパ一高い所にあるこのユングフラウ・ヨッホ駅は、何層にも区切られた巨大な地中駅だった。そこから、高低差108m、所要時間25秒のエレベータでスフィンクス展望台(3,571m)に上った。このユングフラウ・ヨッホのヨッホというのは、山地のピークとピークの間の鞍部を意味するそうだ。なるほど、美しい峰々や幾筋もの氷河が手に取るように見える。

 ユングフラウ鉄道は、スイスの鉄道王だったアドルフ・グイヤー・ツェラーが、1893年8月にこのあたりをハイキング中に原案となるスケッチを描いたのが始まりといわれている。1896年7月に着工し、16年の歳月と1600万スイスフランを費やして1912年8月に開業した。全長は7キロメートル、最大斜度は25%、今年8月でちょうど開業100周年となる。

 手元のガイドブックの巻頭に、ベルナー・オーバーラント地方の2ページ大の鳥瞰図が載っている。横長の湖が手前に二つ、中央部には低い山と街が点在している。そして一番奥に4千メートル級の山々が屏風のように立っている。上空3千メートルあたりから、南に向かって撮ったとも思われるような精巧な絵図である。最初にこれを目にしたとき、なぜか言い知れぬ衝撃に襲われた。そして、実際に現地に立ってみて、それが絵空事でないことを実感した。

 それにしても、この別世界まで電車で簡単に行けるとは驚きである。かつて、立山黒部アルペンルートを訪ねたとき、そのシステム化された観光ルートに驚かされた。そして、大井川鉄道アプト式電車では、その技術力に感心もさせられた。しかし、こうしてユングフラウまで来てみて、それらを数層倍上回るシステムが、100年も前に完成していたことに驚愕せざるを得なかった。
(2012年7月30日)