モン・ブラン

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[エッセイ 352]
モン・ブラン

 朝焼けマッターホルンに堪能したその日、私たちはマルティニを経由して、モン・ブランの門前町、フランスのシャモニ・モン・ブランに入った。周りを4,000m級の山々に囲まれて、まるで巨大な塀の中にいるようだ。はるかにボソン氷河の先端を見上げると、こちらは氷の壁のようでもある。山といい、氷河といい、その存在感はまさに圧倒的としかいいようがない。

 この町のはずれ、標高1,035mの地点から標高3,842mのエギーユ・デュ・ミディ展望台までロープウェイに乗った。標高差は2,807m、そこを1回乗り換えただけで一気に登っていった。この展望台は、3,776mの富士山より高く、モン・ブランの頂上までの標高差も僅か968mしかない。

 ロープウェイが上昇していくにつれ、気圧は下がり空気は薄くなっていった。耳がふさがったように感じられる。対応策にと、添乗員から飴玉が配られた。私は、近づいてくる山頂の景色を仰ぎ見ながらそれを口に放り込んだ。飴玉は喉に詰まった。気管をふさぐかもしれない。喉の奥に力を入れて押し返そうとしたが、ロープウェイの推進力に邪魔されてうまくいかない。目を白黒させ、もがいているうちに頂上に着いた。飴玉はコロリと外れた。

 空は、深く透き通るように青黒かった。対照的に、山はどこを見ても真っ白だった。はるかに、豆粒のような登山者の列が見える。乗り換えポイントではあれだけきれいに見えていたモン・ブランの頂上が、そのときになって笠雲で隠されてしまった。それにしても頭が重い。歩くとふらふらする。

 このモン・ブランという名前は白い山という意味だ。モンは山、ブランは白にあたる。たしかに、アルプスの頂上はどの峰もたいてい黒っぽい岩が露出しているが、この山のてっぺんだけは丸い形で色は真っ白である。モン・ブランは西ヨーロッパの最高峰、標高は4,810mとされているが実際は4,792mだそうだ。その差は、雪が堆積してできた分厚い氷だという。でこぼこしていた山頂は氷に覆われ、白い雪で化粧してすっかり丸くなっているのだ。

 この山の登頂を目指すとき、この展望台を基地にすれば標高差は1,000mにも満たない。富士山の五合目から頂上までの1,471mよりかなり小さい。厳しさは比較にならないが、富士山に年間30万人も登るのだから、ここに2万人が登ってもおかしくはない。そういえば、アメリカの第26代大統領セオドア・ルーズベルトも、新婚旅行中の1886年に登頂に成功したという。

 モン・ブランというと、すぐ日本生まれのショートケーキを連想する。そして、私が大切にしているドイツ製の万年筆はいまも手元で輝いている。しかし、それらの名前の元祖は、この名山であることを忘れてはいないだろうか。
(2012年7月23日)

写真 上:展望台からモン・ブラン山頂付近を望む
    下:展望台の売店で買った絵ハガキ・・山頂に雲がかかり写真が撮れなくなったため
絵ハガキに表示された標高は4807mとなっているが、氷の厚みが変わるため、測るたびに標高は変動するようだ)