巣立ち

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[エッセイ 346]
巣立ち
 
 三日前のこと、陽が西に傾きかけたころ、テレビに飽きて庭に出てみた。松の枝先では、小さなスズメが一羽さかんに鳴いていた。前日助けた雛と、鳴き声も鳴き方もそっくりだった。もしやあの雛では、と思いしばらく眺めていた。すると、突然一回り大きなスズメがやってきて、くわえていた虫を口移しにその子に渡した。どうやら、この二羽は親子で、巣立ったばかりの雛に、親鳥が餌を運んできてやったのだろうと思われる。

 面白いことに、昨日はカラスについても同じような行動に出くわした。朝、明るい日差しに誘われて二階のベランダに出てみた。目の前には、緑の濃くなった梅の枝が大きく背伸びしていた。その茂みに、大小二羽のカラスがとまっていた。大きい方が、小さい方にトカゲを渡しているところだった。お母さんカラスが、巣立ったばかりの子ガラスに朝食を運んできたようだ。

 巣立ちといえば、トキが最初に営巣した巣でも、孵化した三羽がいずれも巣立ちしたという嬉しい話題が流れていた。そのニュースでは、巣立ちとは「巣からちょっとでも離れたら巣立ちと解釈される。例えば、生まれた巣から隣の枝に移っただけでも立派な巣立ちである」と解説されていた。そして、「あと1~2カ月は、親から餌をもらいながら、自然界で生きていくための知恵を実地に学ぶ」と補足説明がなされていた。

 魚類は、孵化したらたいていはすぐ独立して自力で餌を探し成長していく。一方哺乳類は、生まれおちると母親からお乳をもらい守られながら育っていく。その成長の過程で、乳離れという重要なステップを踏む。鳥類には、乳離れに代わって、巣立ちというドラマチックなステップがある。ただ、いずれの場合も、実地訓練に移行するための一つの区切りであって独立にはまだ間がある。

 概して、巣立ち=独立と考えがちだが、このように時と場合によってその意味合いは大きく異なる。私の広辞林には次のように説明されている。巣立つとは、/?成長して巣から飛び立つこと、∋匐,親元を離れて独立すること。または学校を卒業して社会に出ること、産婦が床を離れること。つまり、人間の場合の巣立ちは親からの独立が一般的な概念であるが、鳥の場合の巣立ちは親からの独立ではなく、あくまでも巣から離れることを指すようだ。

 鳥たちは、いまが巣立ちの最盛期のようだ。若葉が茂り、虫たちの活動が活発になる。子育てに、そして実地訓練にもっとも適した時期である。一方の人間は、多くの場合桜の咲くころに親元を離れていく。お日さまが日増しに輝きを増し、花が咲き若葉が芽吹く時期である。私たちにとって最も希望の持てるときといっていい。春こそ、若者にとって巣立ちの季節である。
(2012年5月30日)