大井川アプト式鉄道

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[エッセイ 330]
大井川アプト式鉄道

 今回のツアーには、中型バスでしか行けないという秘境・寸又峡の紅葉を楽しみたいと思って参加した。大井川アプト式鉄道の試乗もプログラムに加えられてはいたが、そちらはいわば添え物だろうと思っていた。この紅葉真っ盛りの季節にしてみればなおさらのことである。

 ところが、寸又峡の紅葉はどうひいき目に見てもたいしたことはなかった。もちろん、夢の吊橋と散策の帰路が散々だったということはあるが、それを除いて考えても平凡な点数しかつけようがなかった。「大井川アプト式鉄道と紅葉の寸又峡・夢の吊橋」という長ったらしいコース名が、決め手に欠けるツアーであることをいいあらわしているのかもしれない。

 やっと間に合った大井川鉄道の乗車駅は、山の斜面にひらかれた接岨峡(せっそきょう)という名の駅だった。やがて、ディーゼル機関車に引かれた遊園地にあるような列車がやってきた。車体は、赤に白い帯の引かれた結構スマートなものだった。自分でドアを開け、自分で締める。座席は、2人掛けと1人掛けのシートがそれぞれ向き合う形で通路の両側に固定されていた。

 列車は、起伏に富んだ山間部をゆっくりと進んでいった。山あり、谷あり、川あり、そして湖あり。トンネルや鉄橋が次々と現れては消える。目まぐるしく変わる景色に、乗っている人を飽きさせることはない。そして、ついに列車は湖上の鉄橋の上に止まった。湖の上に張り出した細い岬の、先端部分を橋脚のように利用した湖上駅である。駅名は、なんとレインボーブリッジだった。

 やがて列車は長島駅に着いた。これから「アプトいちしろ」までの一区間は、日本唯一のアプト式路線となる。アプト式とは、ラックホイールビニオンという急坂専用の歯車を機関車につけ、線路の真ん中に敷設されたラックレールという歯形レールに噛み合わせて急坂を上り下りするシステムである。ダム建設によって、急勾配にせざるをえなくなったためにとられた苦肉の策である。

 私たちは、5つ目の奥泉駅で降りた。約40分の、変化に富んだ面白い観光列車の旅だった。アプト式鉄道も大変興味深いものだった。ただ、システムそれ自体は面白いとしても、乗客という立場からいえば、単に列車が急坂をのろのろと下りていっただけのことである。さらに残念なことに、大井川水系が、川といわず湖といわず白く濁り全体の風景を大きく損ねていたことである。

 たしかに、この路線は素晴らしかった。ただ、これだけをもって遠方から大量の客を呼ぶには物足りなさが残る。そこで付け足されたのが寸又峡だろう。しかし、Bクラスを並べただけではAクラスにはなりえない。もっとしっかりとした核が必要であり、魅力に富んだ目玉が要求される。
(2011年12月3日)

写真 上:接岨峡駅に停車中の大井川鉄道井川線の列車
    下:アプト式線路を走行中の列車(この区間は電化され、電気機関車2台で牽引する)