ヨセミテ国立公園

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[エッセイ 83](既発表 4年前の作品)
ヨセミテ国立公園

 あの垂直の岩壁には、今日も何人かのロック・クライマーが張り付いているはずです。そういわれて、数人がそれに気がついたが、私はとうとう一人も見つけることができなかった。岩に取りついている人たちは、いずれ劣らぬ世界のトップ・クライマーたちだそうだ。一週間前後をかけて頂上に辿り着くという。

 エル・キャピタンと呼ばれる巨大な岩は、ヨセミテ・バレーの入口近くにその威容を誇っている。谷底からの高さは1095メートルというから、六本木ヒルズのタワーを4つ積み重ねた高さに匹敵する。ロック・クライマーが豆粒ほどにすら見えないのは、桁外れのスケールにその原因がある。

 ヨセミテ国立公園は、サンフランシスコから東に200キロあまり、シェラネヴァダ山脈の中央部に位置する。3030平方キロメートルにおよぶ広大な地域が国立公園として手厚く保護されている。もちろん世界遺産である。セコイアの森がうっそうと繁り、1000メートル級の巨岩群が壁のように迫ってくる。落差739メートル、世界第5位のヨセミテ滝など大きな滝が幾筋も尾を引いている。コヨーテなどの野生動物も、木陰からときおり顔をのぞかせる。

 この谷の歴史は約3百万年前に溯る。隆起活動が落ち着いたシェラネヴァダの台地に川ができ、それが侵食されて深い谷になった。氷河期には、それが氷河となって谷はさらに深く削り取られた。氷河は、2百万年もの間におよそ10回の生長と後退を繰り返し、深いV字形の谷をつくりあげた。ほぼ1万年前、氷河は完全に後退し、谷はせき止められて湖となった。そこに土砂が堆積し、水が干上がるとあとには底の平らな谷が出現した。

 アメリカでは、19世紀も後半になると自然保護の必要性が認められるようになった。その一方、ここヨセミテ・バレーでは、ダムの建設計画が着々と進行していた。ヨセミテに魅せられ、そこに住みついていたジョン・ミュアという人物が、世界初という保護運動に立ち上がり、ついに中止に追い込んだ。

 これをきっかけに自然保護の気運が高まり、国立公園が相次いで誕生するようになった。しかし、目の届かないところでは、自然の荒廃が着実に進行していた。その悪循環を断ち切るべく、幾多の紆余曲折を経て世界最先端の国立公園システムが完成をみた。わずか40年前、1966年のことである。

 ヨセミテ国立公園の自然のスケールはけた違いに大きい。日本人の箱庭的宇宙観では、自然の雄大さに圧倒されるばかりでそれを楽しむすべすら見出せない。しかし、自然保護の真髄が、自然を深く理解し、慈しみ、それと適度な距離をおくことにあるとするならば、写真だけ撮って足あとさえ残さずそっと帰っていく日本人の行動パターンこそ一番理にかなったものではなかろうか。
(2005年1月9日)