アレッチ氷河と氷河特急

イメージ 1

イメージ 2

[エッセイ 350]
アレッチ氷河氷河特急

 雪に覆われた高い山々の間を、大きなSの字を描きながら緩やかな角度で下っていく。山あいに造られた初心者向けの巨大なゲレンデのようだ。その表面に、轍や爪あとのような筋が、何本も縦に並行して付けられている。上から下に向かって、ブルドーザーでならしていった跡のようにも見える。

 標高2,869メートルのエッギスホルン展望台から望むアレッチ氷河の印象は、雄大というほか適当な言葉が思い当たらない。しかし、汚れていて、薄汚いという印象はぬぐいようもない。岩のかけらなどが堆積し、雪解けでそれらが表面に露出しているためだろう。縦についたいくつもの黒い筋は、大きな岩が転がっていった跡だろうか。

 ユングフラウを源とするこの氷河は、長さ23km、幅1.6km、深さ900m、面積171平方km、重さはなんと270億tもあるという。もちろん、ヨーロッパ最大、最長である。動くスピードは年180~200m、その先端部の標高は1,560mだそうだ。2001年に世界遺産に登録されている。

 この朝、サン・モリッツを出発した私たちは、スイスならではの素晴らしい旅を続けてこの展望台にやってきた。最初に乗ったのは、通称氷河特急と呼ばれるグレッシャー・エクスプレスである。サン・モリッツとツェルマットを結ぶ全長280キロ、スイスの南側を横断するように走る。所要時間8時間、新幹線とは根底から価値観を異にし、世界一遅い特急をキャッチフレーズにする。 

 沿線には急峻な高い山がそびえ、足がすくむような深い谷が切れ込む。列車は、息を切らしながらその合間を縫うように走る。天井に設けられたパノラマ窓の威力がいかんなく発揮される。ハイライトは石造りのランドヴァッサー橋だったが、もたもたしている間にあっという間に通り過ぎてしまった。やがて、それぞれの座席にテーブルが引き出され、食事の用意が始まった。温泉旅館の“部屋食”といった風情だ。お昼のメインディッシュはマスのフライだった。

 私たちは、3時間余り乗ったところでバスに乗り換えフィーシュに向かった。そのまま特急に乗っていてもたどり着けるが、時間節約のため95キロをバスにしたわけだ。フィーシュから、標高2,869メートルのエッギスホルン展望台まで、標高差1,820メートルを、ロープウェイで一気に上がっていく。途中1回の乗り換えはあるが、その爽快感は飛行機の上昇時をはるかに上回る。

 それにしてもさすがはスイスである。世界遺産大自然に、いとも簡単に私たちを連れて行ってくれる。そして、そこまでの道のりにいろいろな仕掛けを施し、私たちをとことん楽しませてくれる。それでいて、そこに至る苦労を全く表に現さないで平然としている。
(2012年7月9日)

写真 上:アレッチ氷河(エッギスホルン展望台からの眺め)
    下:グレッシャー・エクスプレス