セキュリティ・チェック

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[エッセイ 81](既発表 4年前の作品)
セキュリティ・チェック

 8時間半の長旅を終えて、心躍らせながらサンフランシスコに足を踏み入れようとしていた。ところが、いま乗ってきた飛行機から空港ビルに通じるボーディングブリッジの上で、私たちは足止めをされてしまった。空港保安官とおぼしきいかめしい顔つきの男二人が、乗客のパスポートを入念にチェックしている。まずは、不審者の入国を水際ならぬ空際で阻止しようというわけである。

 成田を発つ前に、預けるトランクには鍵を掛けないようにといわれていた。不審な物が見つかったとき、すぐ中味を確かめられるようにするためである。もし鍵がかかっていたら壊してでも確かめるそうだ。もちろんその結果の損害は一切補償しない。そんなことから、アメリカにおけるセキュリティ・チェックの厳しさはおおよその察しはついていたが、そのアメリカに第一歩をしるす前に軽くジャブを食らわされた感じである。

 入国審査では、さらに厳しい体験が私たちを待っていた。入国申請書とパスポートのチェックに加え、顔写真の撮影と左右両人差し指の指紋採取がおこなわれた。個人情報やプライバシーの保護などというものはこの場合一切通用しない。国の安全が最優先、いやなら来るなでは応じないわけにはもちろんいかない。

 サンフランシスコからの国内の移動にも飛行機を使った。アメリカでは、飛行機はバス代わりに手軽に使われると聞いていたので、こちらはそうでもないだろうと思っていた。ところが、国内線なのにパスポートは何重にもチェックされ、加えて金属探知機にいたっては日本のそれをはるかに上回る厳重さであった。靴を脱げ、上着も脱いで箱の中に入れろとの指示である。ポケットのものは散乱するわ、靴はなかなか履けないわと大騒ぎになってしまった。

 帰国翌日、骨折のまま旅行を強行した家内を連れて例の整形外科を訪れた。ドクターから、空港ではそのギブスは相当疑われたでしょうと聞かれた。いわれてみればもっともである。プラクチック製の凶器なら、相当大きいものでも差し込んでおくことができる。法に触れるようなものでも、その気があれば相当量を隠し持つこともできる。江戸時代、箱根の関所では「入り鉄砲」と「出女」を厳重にチェックしたという。空の関所では、「ギブス女」はもっとも厳しく詮議されるべき対象ではなかろうか。

 ここで問題です。アメリカは戦闘地域でしょうか非戦闘地域でしょうか。正解は戦闘中断地域です。3年前の9月11日、テロの一方的な攻撃にさらされて以降、戦闘は中断状態にあると見るべきでしょう。いまも、戦争で毎日何人もの自国民を失っているアメリカにとって、厳しいセキュリティ・チェックは当然の自衛措置であろう。一日も早い自由なアメリカの再来を待ち望みたい。
(2004年12月12日)