初鰹

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[エッセイ 170](新作)
初鰹
 
 JR駅前の商業ビル地階に、たいそう繁盛している魚屋がある。安くて新鮮なのが売り物である。その店で、活きのいいカツオの切り身を二作(さく)買ってきた。二作で500グラムもあるので、一つは冷蔵庫に保管し、あとの一つをたたきにすることにした。

 ガスコンロの五徳を外し、濡らした新聞をバーナーの周りに敷きつめる。ボールを用意し、氷水をたっぷり入れておく。カツオの切り身に金串を3本刺し、それを手に持ってガスの直火であぶる。切り身が、三面ともきれいに焼けたころを見はからって氷水に浸ける。
 
 濡らした新聞は、飛び散るカツオの脂を吸収させ、後の掃除を楽にするためである。氷水は、もちろんカツオの身を引き締めるのがねらいである。
 
 氷水から取り出した切り身は、キッチンペーパーで水分を拭き取り、厚めにスライスする。塩と酢をあわせてカツオに軽くふりかけ、ラップに包んで冷蔵庫で30分くらい冷やす。
 
 薬味はお好みしだいであるが、小ねぎ、玉ねぎ、大根、しょうが、みょうが、にんにく、それに大葉くらいは用意しておきたい。調味料は、酢と醤油がベースであるが、わが家では昆布だし風味のぽん酢を愛用している。
 
 カツオのたたきは、出来あいのものもたくさん売られている。しかし、店頭に並べられているものをみると、なぜか鮮度が気になる。そんなに変わりはないはずだが、調理し立てという点では自分で手がけたほうがはるかに満足がいく。第一、安くてたっぷりと食べられる。

 カツオは、鰹節として、だしの素になるくらい旨味がしっかりと含まれている。ただ、生のままだと身が柔らかく、特有の臭みもある。皮の下には虫もいるという。それらをまとめて解決し、誰もが初物を楽しめるようにしたのが「たたき」というアイディアである。

 カツオは南方の暖かい海で生まれる。2歳になったころ、黒潮に乗って北上をはじめる。早春には九州沖、春には四国沖、そして初夏には東海沖から房総沖へと達する。この間、イワシなどを餌にしてマルマルと成長する。その先々で、その年初めて水揚げされたものを初鰹と呼ぶ。

 江戸時代、「初物を食うと75日長生きする」といってこぞって初物を追い求めた。なかでも、初鰹はその10倍の750日も長生きするといってとくに珍重されたという。「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」。江戸中期の俳人、山口素堂のこの字余りの句は、当時の庶民感覚を見事にいい表している。

 日本の、世界一の長寿は初鰹のおかげだったのだろうか。
[2007年5月26日]