フジ

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[エッセイ 239](新作)
フジ

 わが家の近くには、まだ雑木林が残っている。その林の、ある部分全面が藤(フジ)の花に覆われている。大木全体を覆い隠すように咲いているので、フジの木そのものが独立して成長し、花を咲かせているように見える。

 いま、あちこちでフジの花を目にすることができる。一般にも庭にフジを植えている家庭は多いが、ちょっとした公園には必ずフジ棚が作られている。ブランコと砂場、それにフジ棚は、まるで公園の三種の神器といわんばかりである。春は花で子供たちを勇気づけ、夏には木陰を作って大人たちにくつろぎの空間を提供する。

 フジは、マメ科に属する落葉つる性の樹木である。日本を含む東アジアと北米に自生している。花序(かじょ)は長くしだれて20~80センチに達する。花の色はうすい紫が多いが、たまに白も見かける。

 日本で普段目にするのは「ノダフジ」という種類である。大阪市福島区の野田という地名に由来するという。日本ではこのほか野生種として「ヤマフジ」という種類がある。蔓の巻き方が、ノダフジは上からみて右に巻くのに対し、ヤマフジは左に巻く。花の房はノダフジの方が豊かでずっと大きい。

 フジはもちろん鑑賞用が中心であるが、食用や薬用としても利用価値がある。新芽は茹でて和え物や炒め物に、花びらは茹でたあと三杯酢や天ぷらとして賞味できるそうだ。蔓と種子にはポリフェノールが含まれており、動脈硬化や糖尿病といった生活習慣病のほか花粉症にも効果があるという。

 フジと混同されそうな植物に「籐(トウ)」というのがある。音読みではどちらも「とう」と読み、漢字も草冠か竹冠かの違いだけで実に紛らわしい。しかし、トウは蔓だけのヤシ科の植物である。熱帯地方に生え、種類が多い。茎は長く伸び、200メートルに達するものもあるという。葉は羽状複葉でとげがある。茎は質が強く、乾燥させて、いす・ステッキなどに加工される。

 それにしても、日本にはフジにちなむ地名や名字が実に多い。太古の昔から、日本人になじみが深かった証でもあろう。名字では、藤井など藤が前につく場合もあれば佐藤など後ろにつくものもある。地名もまたしかりであるが、私など名字に加えて住所の市名と町名にも藤がついている。

 フジは周りの助けを借りないと空高く伸びていくことができない。一方、その枝垂れ姿は他に類を見ない優雅な雰囲気を醸し出す。福島県三春町の滝桜など、美しい姿をした長生きの銘木には枝垂れのものが多い。

 首(こうべ)を深く垂れていてこそ、長い年月を優雅な姿で生き抜くことができるのかもしれない。
(2009年4月27日)