九州横断ツアー

[エッセイ 110]
九州横断ツアー

 なぜか最近、高千穂峡の写真が目につくようになった。垂直の断崖に挟まれた瀞、静かな水面に浮かぶ一隻のボート、上方から覆い被さる大木の黒い陰と絶壁に水煙をあげる白い瀑布。いやがうえにも私の旅情をかきたてる。

 その高千穂峡を訪れたのは、紅葉シーズンも終わりに近い11月中旬であった。思っていたよりずっとスケールは小さいが、幽玄迫る深い渓谷は期待どおりの景観であった。その幻想的な風景、高千穂という名前と神話の里というイメージが重なって、いっそう神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 今回私たちが参加したツアーは、九州北部を2泊3日で横断するものであった。案内パンフレットには、「神話の里高千穂峡と湯布院・長崎・美肌の湯嬉野3日間」と、たいそう欲張ったタイトルがつけられている。一番行きたかった高千穂峡はもとより、いま話題の湯布院など名所満載の企画である。

 1日目は、朝一番の飛行機で熊本に飛び、高千穂峡阿蘇を回って別府で日本一の湯量をたんのうする。2日目は、別府から湯布院を経て、柳川で川下りを楽しんだのち、嬉野温泉で美肌を磨く。3日目は、陶器の伊万里を経由して長崎にむかい、佐賀空港から最終便で羽田に帰ってくるというものであった。

 ツアーの最終案内は、出発5日前になってやっと届いた。同封された挨拶文には、九州で最初に降り立つ空港は、都合で熊本から佐賀に変更になったとあった。しかも、帰りも同じ空港を利用するという。
九州自動車道を熊本ICで降りたバスは、ゆるやかな坂道を阿蘇へと登っていく。右=熊本空港という標識が見えたとき、出発してすでに2時間が経過していた。羽田で用意した幕の内弁当の、空箱を片付けている時であった。

 格安ツアーなので、高千穂峡さえ入っていれば、その他のことはこだわらないつもりでいた。しかし、どのような事情があるにせよ、同じようなルートをわざわざ往復することはないはずである。旅行社の試算によれば、今回のバスの走行キロ数は671キロに達するという。仮に、大分空港に降り立ち、長崎空港から帰途につくとすれば、片道ルートでも今回の訪問地は余裕をもってカバーすることができる。走行キロ数も6割程度で間に合うはずである。

 航空機の座席やホテルの部屋は、その日売り逃がしたら永久にカバーすることはできない。一方、旅行業界の商品力と価額競争力は、それを抜きにしては語れないはずである。時間との競争、ぎりぎりまでの駆け引きが、今回のような客を抜きにした惨めな結果を生むのかもしれない。

 客にとって、真に魅力的な旅行商品とはなんなのか。旅行業界の皆さんに、もう一度真摯に見直してもらえれば幸いである。
(2005年12月4日)