スイセン

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[エッセイ 434]
スイセン

 いま、スイセンたちが伸びやかにわが世の春ならぬわが世の冬を謳歌している。肉厚の細長い葉っぱを精一杯伸ばし、その中心に白や黄色の可憐な花をまとめて咲かせる。雑草たちが葉っぱを枯らし、ひっそりと冬眠中であるというのに、その辺りだけは生きいきとした精気がみなぎっている。

 このような、普通とは逆の生き方をする草花がほかにもある。あの、真っ赤に咲くヒガンバナである。ただ、こちらは、秋の彼岸前後に花をつける。それも、最初に花だけが地上に現れ、それが枯れてから葉っぱが芽を出してくる。スイセンのように葉っぱが先で、花が後というのとは順番も逆である。

 それにしても、スイセンヒガンバナは他の草花とは反対の生き方をするところが似通っている。似ているといえばその葉っぱも然りである。似ているはずである。よく調べてみたら、両者は親戚関係にあったのだ。スイセンの戸籍は、「ユリ目ヒガンバナ科スイセン属」の多年草だったのだ。

 スイセンの原産地はスペインやポルトガルあるいはアフリカ北部などの地中海沿岸で、日本には平安末期に中国経由で入ってきたという。その漢字名のとおり、水辺などの湿地を好むようだ。開花時期は12月から4月で、一定の寒さに当たらないと開花しない。そんなことから、別名雪中花とも呼ばれている。

 スイセンは有毒で、鱗茎には特に毒が多いという。その葉っぱはニラと、鱗茎はタマネギと似ていることから間違って食べる事故もあるそうだ。鱗茎はタマネギのように大きくはなく、またその葉っぱにはほとんど匂いがないので、そのあたりを判断基準にしてみてはどうだろう。

 スイセンにはこんなギリシャ神話がある。あるところにナルキッソスという美少年がいた。彼は、その美しさゆえに多くの女性から言い寄られていた。しかし、彼はその女性たちを傷つけてばかりいた。見るに堪えないその傲慢さに、復讐の女神ネメシスは彼に呪いをかけた。自分自身に恋をしてしまうという。

 以来、彼は日々水面に自分を映し、その美しい姿に恋をした。しかし、その想いは届くはずもなく、食事も喉を通らなくなってついには死んでしまう。その跡には一本のスイセンが芽を出し、花をつけた。そのうつむいた形は、水面を見つめている姿であろうか、あるいは悔恨の表れなのだろうか。

 スイセン花言葉は、ナルキッソスの神話が影響したのだろう、自己愛、うぬぼれ、自己中心、報われぬ恋、エゴイズムなどとあまり芳しくない。一方、その美しさゆえであろうか、高貴な美しさ、高潔、神秘、尊重などその姿をたたえる言葉も散見される。

 そういえば、むかしナルシズムとかナルシストいう言葉がはやった。いまは、フェミニストが主流だろうか。
(2016年2月6日)