花見酒の通貨

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[エッセイ 391]
花見酒の通貨

 ビットコイン(BTC)の取引所の一つ、マウントゴックス(MTGOX)が、2月28日に民事再生法の適用を申請した。顧客が保有する75万BTCとBTC購入用の預かり金28億円が消失した。同社の顧客は127,000人、内日本人は1,000人だという。ところで、そのビットコインとは一体何だろう。ネットを検索していたら、ある有力新聞社の記者の体験談が紹介されていた。

 ・・ビットコインの取引所・マウントゴックスに取引口座を開設した。開設要領はネット銀行と同じ。3万円を同社の銀行口座に振り込む。翌日その金は開設した自分の取引口座へ転送された。さっそく3BTCを購入。単価8,960円、総額26,880円、手数料は160円(0.6%)だった。後日、アメリカの“ビットコインストア”にネットで腕時計を注文、代金は送料込みで0.91BTC($77)、手数料は0だった。一週間後、腕時計の現物が届いた。・・

 しかし、この体験談だけではいま一つピンとこない。逆に、なぜか落語の“花見酒”を連想させられた。・・桜の季節。幼なじみの二人が向島の花見でひと儲けしてやろうということになった。横町の酒屋の番頭に灘の生一本を三升借り、天秤棒にぶら下げ前後を担いで花見の場所へと向かった。小びしゃく一杯十銭で売るつもりだった。釣銭用にと十銭も借り、後ろを歩く弟分に持たせた。

 歩いているうちに、弟分は目の前にある樽酒の匂いが気になりだした。とうとう、手持ちの十銭を代金として前の兄貴分に渡し、小びしゃく一杯分の酒を飲ませてもらった。それを見て、今度は兄貴分が飲みたくなり、手にしたばかりの十銭を弟分に渡して一杯もらった。こうして、手にしていた十銭は兄貴分と弟分の間を行き来し、その都度酒は少しずつ減っていった。向島に着くころには樽は空になり、二人の手元には最初に用意した十銭だけが残った。・・

 ビットコインとは、ある人物の論文を元に、2009年5月に運用開始したネット上の仮想通貨である。単位はBTC、事業主体は存在しない。通貨の発行はユーザーが高度な演算問題を解く「mining(採掘)」という作業を通して行われる。但し、その演算処理は発行量が増えるに従って複雑になり、また2,100万BTC以上は創出できないよう設計されている。現実通貨との交換はウェブ上の取引所で行う。交換レートは大きく変動するが手数料は安い。投機や資金洗浄に利用されることも多い。流通量は10億ドル相当(‘13,4月)。

 なんだか面白そうな話だとは思うが、通貨創出の原理はいまだよく理解できない。なんの裏付けもない仮想通貨は、しょせん仮想であって現実のものではないはずだ。誰かが勝手にお札を印刷したようなものといえなくもない。ネット時代に咲いたあだ花、いわば“花見酒の通貨”ではないだろうか。
(2014年3月2日)