恵方巻き

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[エッセイ 389]
恵方巻

 節分の夜、無言で願い事を思い浮かべながら、その年の恵方に向かって太巻きを丸かじりするとそれがかなう。こうしたコンビニやスーパーの宣伝にのせられて、それを忠実に実行する人が増えているという。たしかに、最近のこれらの店のチラシでは、派手な恵方巻きの広告が大きな顔をして踊っている。

 節分の夜に太巻きを食べるという風習は、江戸時代の末ごろから関西を中心にはやり出したという。それに目をつけ、商売のネタに取り上げて恵方巻きとして売り出したのがセブン・イレブンである。他のコンビニやスーパーもさっそくそれに便乗し、たちまち全国に広まっていった。

 この恵方とは、陰陽道(おんみょうどう)に登場する歳徳神(としとくじん)のおられる方位のことである。陰陽道にはたくさんの神が登場する。その方位の神の一つである歳徳神は吉の神である。その歳徳神のいる方角、つまり恵方に向かって事を行えば、万事うまくいくとされている。歳徳神は、たいていの暦の本に、美しい姫神としてその絵姿が描かれている。

 歳徳神のおられる方位は、24分割された方位の内、東西南北のそれぞれやや左に位置する特定の4方位に限られる。恵方は、この4つの方位を十干の順に毎年移動する。真東のやや左“甲”の方位は甲と己の年が、真西のやや左“庚”の方位は乙と庚の年が、真南のやや左“丙”の方位は丙辛戊癸の4種類の年が、そして真北やや左“壬”の方位は丁と壬の年が該当する。

 例えば、2014年は“甲”の年なので甲の方位、2015年は“乙”の年なので庚の方位、2016年は“丙”の年なので丙の方位、そして2017年は“丁”の年なので壬の方位となる。この事例ではたまたま東西南北の順になっているが、2018年以降はその通りにはならないので要注意である。

 恵方巻きといわれる太巻きに入れる具材は、もとはそれなりに意味があった。七福神にあやかって、おめでたい食材を7種類入れて福を呼ぶ。青鬼に見立てたキュウリや赤鬼に見立てた人参を入れて鬼を食べたつもりになる。さらには、太巻きそのものを鬼の忘れた金棒にみたててそれを食べつくす。

 恵方巻きの最近の具材は、縁起よりその豊かさに重点が置かれている。手元のチラシには、「紅ズワイガニイクラ、大葉、目鉢マグロ、子持ち昆布、エビ、イカ、サーモン、キュウリ、マグロのたたき、そして玉子焼き。高級な海の幸をふんだんに使った当店自慢の贅沢な太巻きです」とあった。しかし、ビッグマックならともかく、これだけ大きなものをどうやって口に入れるのだろう。

 すっかりすたれたはずの陰陽道は、恵方巻きとして断片的に復活した。土用丑の日の、「うなぎを食べよう」キャンペーンの真冬版をねらったものだろうか。
(2014年2月3日)