ウツギ

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[エッセイ 371]
ウツギ

 ♪卯の花の 匂う垣根に 時鳥 早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ♪。この季節になると、なぜかこの歌が口を突いて出てくる。しかし、わが家の近くにその垣根があるわけではない。ホトトギスがうるさく鳴き交わしているわけでもない。まして、この歌にまつわる特別の思い出があるわけではない。どうやら、唄い出しの部分があまりにも自然だからとしか考えられない。

 たしかに、ウノハナは私の心を揺さぶるような季節感のある花である。萌え出るような緑の葉っぱに真っ白い小さな花が咲き競う。花の種類の少なかった大昔には、この花を愛する人も多かったという。その事実を示すように、万葉集に詠まれた句の数は、花の部類としては5番目に多いそうだ。

 ウノハナとは、ウツギに咲く花という意味である。ウツギは、その木の茎が中空になっていることから空木と書いてウツギと読む。ウノハナは、旧暦4月の卯月に咲くので漢字では卯の花と書く。豆腐のおからを「ウノハナ」というが、これはウツギが別名雪見草と呼ばれるように、白い花が一面に咲いている様子から連想したものだ。おからのウノハナには、大豆の搾りかすと枝の中が空っぽのところが相通じるからという説もある。

 梅雨間近になると、この歌を思い出しウノハナを無性に見たくなってくる。ところが、これだけ普遍的な植物なのに近所ではトンと見当たらない。もとは、刈り込みが簡単で形が整えやすいとして垣根などに多く使われていた。しかし、特別美しいわけでもないのでだんだん見捨てられるようになったのだろう。

そこで、いつものとっておきの場所に出かけてみることにした。マンサクのあるあの城址公園の一角である。ここに植えられているのは純粋のウツギではなく、ハコネウツギという種類である。白い可憐な花に赤い花びらが混じる。葉っぱはアジサイとよく似て濃い緑色をしている。

 このウツギという木は、アジサイ科の落葉低木である。かつては、ユキノシタ科に分類されていたが、1990年代以降は独立した科として分類されるようになった。もっとも、俗にウツギと呼ばれる木は他のいくつかの科に属するものも多く、それぞれを正確に判別するのは難しいようだ。現に、前にあげたハコネウツギは、アジサイ科ではなくスイカズラ科に属するという。

 最近では、すっかり見捨てられてしまった感のあるウツギだが、垣根のほかにもいくつかの優れた用途もあるようだ。ウツギの材質は堅く腐りにくいそうだ。そのため木釘や楊枝に多く用いられるという。

 「死して名を残す」というが、切り倒された後の方が人間の役に立つということだろうか。そういえば、ウツギの花言葉は「謙虚」だそうだ。
(2013年6月4日)

写真:ハコネウツギ