隠れ銀杏

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[エッセイ 276]
隠れ銀杏

 鎌倉鶴岡八幡宮の大イチョウが、3月10日の明け方、雪まじりの強風によって倒されてしまった。高さ30メートル、幹回り6、8メートル、樹齢千年の大木である。この神社の御神木であり、神奈川県の天然記念物にも指定されている。隠れ銀杏という名前もつけられ、歴史的にも由緒ある銘木であっただけに残念でならない。

 1219年1月27日夜、第3代鎌倉幕府将軍・源実朝は右大臣拝賀の式を終えて社殿を出た。雪の積もる石段を降り始めたとき、イチョウの木の陰に隠れていた八幡宮別当で、甥にあたる公暁に襲われ斬殺される。公暁は実朝の首をもって逃げるがとらえられ処刑される。ここに源氏の正統は断絶し、北条氏の天下となる。以来このイチョウは隠れ銀杏と呼ばれるようになった。

 イチョウは、中国原産、広葉樹にも針葉樹にも属さない落葉高木である。長寿で巨木となり、高さ20~30メートルにも達する。雌雄異株で雌株にのみ実がなるが、雄株からの花粉による受粉が必要である。並木として植えられることが多く、東京の神宮外苑や大阪の御堂筋がとくに有名である。

 イチョウは漢字では銀杏と書くが、木のことを指すときはイチョウと読み実のときはギンナンと読む。ギンナンの産地は愛知県稲沢市がとくに有名である。ギンナンは酒のつまみとして愛用されるが、あまりたくさん食べると中毒になることがあるそうだ。薬としては咳を鎮める効果があるという。

 ところで、例の隠れ銀杏であるが、3つの方法で再生に挑戦中だそうだ。その1つは、まだ根の部分が残っているので、そこからの再生を期待するというものである。既に元の根っこの部分を囲って養生を始めているようだ。暖かさに目覚め、芽吹いてくれればしめたものである。

 もう1つは、根元に近い部分を3、6メートルほど切り取り挿し木の要領で再生させるやり方である。すでに元の場所より7メートルほど離れたところに巨大な柱が埋め込まれている。いわば史上最大の挿し木作戦といったところである。石段の上から覗いてみると、幹の中央が大きな空洞になっているのが分かるが、切り口からは雨水が入らないよう防水処理がなされているようだ。

 あと1つは、残っている部分から、クローン技術によって新しい細胞を作り出すことだそうだ。研究室に持ち込んで培養するらしく、一般人の目に触れるチャンスはないらしい。日本はクローン技術やアイピーエス細胞の研究で最先端を走っていることから、この方法はさらに期待がもてるかもしれない。

 専門家の診断では、90パーセントの確率で再生可能だという。ぜひ成功させて、元の雄姿を見せてほしいものである。
(2010年3月20日)