海上の花火

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[エッセイ 254](新作)
海上の花火

 今年も江の島の花火大会を観に行った。いつもは、花火が始まる時間に合わせて現地に着くようにしている。そのため、15万人ともいわれる見物客で混みあって、観やすい場所までなかなかたどりつくことができなかった。やむなく、国道に隣接した遊歩道から、海の家の屋根越しに花火を見物していた。

 今回は少し時間に余裕があったので、混みあう中を海の家の間を抜けて海岸側まで出てみることにした。しかし、そこにはゆっくりと見物できるようなスペースは見当たらなかった。砂浜には、波打際までびっしりと椅子が並べられ、無料の客は立ち入ることができないようになっていた。

 やむなく、すこし外れた場所に移動することにした。「椅子席の料金はいくらくらいなのだろう」「予約しておく必要があるのだろうか」「なんで、公共の砂浜を特定の業者に占有させるのだろう」こんな会話を交わしながら、人波をかき分けて狭い通路を西に向かって歩いていった。

 しかし、行けどもいけどもきりがなかった。あたりはだんだんうす暗くなってくる。人波に揉まれ埋没して、この先どのように行動していいのか判断することさえできなくなっていた。そのとき、花火大会のカウントダウンが始まった。やむなく、そこで立ち止まり、椅子席のすぐ後ろから海の方に顔を向けた。打ち上げ用の台船は真正面、波打ち際から500メートルくらい沖にあった。

 台船から、1発目が赤い尾を引きながら天に向かって駆けあがっていった。それが頂点に達したとき、大きく割れて大輪の花を咲かせた。タマヤー!火の粉が枝垂れとなってゆっくりと海に落ちていく。そのあとは、堰を切ったようにいろいろな種類の花火が次々と打ち上げられていった。これら一連のドラマは海面にも映え、その華やかさは二倍に増幅されていった。

 やがて前半のクライマックス、2尺玉の出番がやってきた。大きな火の玉は、轟音を残してすい星のように尾を引きながらさらに高いところまで駆けあがっていった。少し間をおいて、その玉が閃光とともに大きく花開いた。高度は約500メートル、花の直径は480メートルに達しているはずである。

 人の波に揉まれながらも、結果として特等席で花火の全体像を観賞することができた。そういえば、美人コンテストだって決して顔だけ審査しているわけではない。プロポーションや身のこなし、会話の様子だって大事な判断材料になっているはずである。

 海上の花火も、大輪だけ観られればそれでいいというものではもちろんない。海を介して台船と対峙し、花火の全てが観察できてこそはじめてその魅力と醍醐味を味わうことができる。
(2009年8月6日)