南紀の温泉

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[エッセー 250](新作)
南紀の温泉

 紀勢本線が全線開通したのは昭和34年(1959)7月15日、いまからちょうど50年前である。本線と名のつく幹線にしては、ずいぶんと遅れてやってきた鉄道である。

 もともと観光地の多い南紀であるが、紀伊半島をUの字形に周遊するこの鉄道の全通によって、全国的に大きくクローズアップされることになった。その拠点となるのが、関西の奥座敷ともよばれる白浜温泉であり、那智・熊野観光の基地ともいえる勝浦温泉である。

 わが夫婦も、そのブームに乗って新婚旅行にこのルートを選んだ。大阪から入り、白浜と伊勢に一泊ずつして名古屋に抜けた。二泊目は伊勢でなく勝浦にしたかったが、スケジュールの関係で断念せざるを得なかった。

 その勝浦温泉に、四十数年来の念願がかなってやってきた。目指すホテルは、港の対岸で威容を誇るように夕日に輝いていた。ここから、ホテル専用の連絡船でそこに向かうという。ホテルのある場所は島だと思っていたが、実際には湾を取り囲むように張り出した小さな半島であった。道路で結ぶより、海を渡った方が観光客へのアピール効果が大きいと考えてのことであろう。

 湾に面したホテルの本館から、館内専用のトンネルで尾根をくぐると太平洋側に出る。そこには、海に面した天然洞窟の温泉がある。忘帰洞温泉とよばれ、帰るのを忘れてしまうほど素晴らしいのでそう名付けられたという。このホテルにはもう一つ外海に面した洞窟温泉があり、こちらは玄武洞温泉とよばれている。いずれも太平洋に昇る朝日が自慢である。
 
 白浜温泉は空港まで備わった全国有数の温泉地である。新婚旅行のときは白良浜に面したホテルを使ったが、今回案内されたのは岬の上に建つ有名ホテルであった。埼の湯という波打ち際にある露天風呂の、そのすぐ後ろの崖の上にあった。目の前に広がる太平洋、そこにいままさに沈もうとしている真っ赤な夕日、部屋に案内されてその見事な光景に思わず息を飲んでしまった。

 このホテルでは、紀州梅を漬け込むときに使っていたという樽を、露天風呂風にアレンジしていた。女性用も含めると、全部で12ヵ所もあるという。興味半分にそれのハシゴを試みてみたが、バカらしくなって3ヵ所でやめた。

 南紀を代表する勝浦と白浜の温泉であるが、半島最南端の潮岬を挟んで勝浦は東側に白浜は西側に面している。片や朝日、こなた夕日が売り物ということができよう。両者に共通するのは、リアス式海岸の絶景と波打ち際に点在する個性豊かな露天風呂、そして新鮮で種類も豊富な海の幸である。

 また来てみたい、旅情豊かな温泉地である。
(2009年7月14日)

写真:上勝浦温泉のホテル(連絡船から)
   下白浜温泉の夕日(ホテルの部屋から)