梅と桜と夕陽と朝日

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[エッセイ 200](新作)
梅と桜と夕陽と朝日
 
 早暁、空と海の境目がやっと見分けられるようになってきた。下半分は真っ暗なままであるが、上半分がすこしずつ明るさを増し、それが徐々に赤みを帯びてくる。突然、その境界線から強烈な閃光が放たれ、黄金色の半円が顔を出した。6時7分、生まれて初めて目にする水平線上の旭日である。
 
 早春の啓蟄の頃になると、わが家の大切な記念日がやってくる。すると、庭の虫はもとより、住人の頭の黒い虫までが騒ぎ出す。それに応えて、毎年この頃になると一泊の温泉旅行に出かけることにしている。

 行き先は、これもきまって伊豆方面である。安直ではあるが、わが家から近く渋滞をくぐり抜ける必要がない。風光明媚でどこにでも温泉があり、滞在場所をお好みで選ぶことができる。気候温暖で雪の心配がない。運がよければ、湯河原・幕山の梅と河津の河津桜を同時に楽しむこともできる。

 こうして恒例行事となった伊豆方面への温泉旅行であるが、昨年は西伊豆堂ヶ島温泉に宿をとった。目の前に広がる緑の島々を眺めながら、ゆっくりと温泉に浸かりたい。夕陽がきれいというからそれもたんのうしたい。望みかなって、昨年は三四郎島と夕陽のコントラストを楽しむことができた。

 昨年は西伊豆だったので今年は東伊豆にしよう。しかし、いまさら熱海や伊東でもないし稲取にもお世話になったことがある。そういえば、もっと南の方にも温泉はあるはずだ。こうして、下田の須崎御用邸に近い伊豆・白浜海岸に面した電鉄系のホテルを予約することにした。

 この日最初に訪れたのは湯河原の幕山梅林である。幕山という小山の斜面に拓かれた梅の名所である。梅の木は、年々その数を増やし、ついに4千本にも達したという。小田原の曽我梅林や熱海の梅林より開花が遅く、これからが見頃である。今年は花も恥らう7分咲きといったところであった。

 今年の河津桜はかなり遅れていた。おかげで、まだ華やかさと初々しさが残っていた。ここでは、河津桜の苗木も売られている。あまりたくさん売れると、そのうちこの河津にわざわざ来る人はいなくなるのではなかろうか。

 ホテルは、下田郊外の美しい白浜に面して建てられていた。ロビーには、朝日の美しい写真とともに、翌朝の日の出時刻が大きく掲示されていた。そうか、ここからは朝日を楽しむことができるのだ。そういえば、客室はもとより大浴場やレストランまで、すべて東向き、海に面した配置になっていた。

 この日は、梅と桜を見頃の状態で楽しめた。翌朝には、昨年の美しい夕陽につづいて神々しい朝日を楽しむことができた。こうしてわが家の「黒頭虫」は、梅と桜と夕陽と朝日を対で楽しむ幸運にめぐりあうことができた。
(2008年3月8日)

写真は、ホテルから見た旭日(左手に伊豆大島のシルエット)と河津の河津桜