マドリードの街角で

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[エッセイ 231](新作)
マドリードの街角で

 私の友人・小浜(仮称)夫妻は、昨年11月スペインとポルトガルを巡る延べ13日間のツアーに参加した。スペインのバルセロナから入り、イベリア半島を時計回りにポルトガルへ、そして再びスペインに戻ってマドリードから帰国の途につく壮大な旅であった。その土産話が大変興味深いものだったので、そのエピソードの一つを小文にまとめてみた。

 そのツアーには、小浜さん夫妻と妙に気の合う麻生(仮称)さんと名乗る夫婦がいた。二組の夫婦は、旅行中たびたび行動を共にした。その最後の滞在地、マドリードの二日目のことである。麻生さんから小浜さんに、「最後の夜なので、和食のレストランで一緒に食事でもしませんか」という提案があった。

 二組の夫婦は、別の福田(仮称)さんという夫婦にも声をかけ、6人でホテルの近くにある日系の有名レストランに席をとった。会食も佳境に入ったころ、麻生さんのご主人がこんな話を始めた。

 ここで落ち合う前、1時間ばかり時間があったので疲れたという奥さんを部屋に残してホテルの周りを散歩した。その途中、ドイツからの旅行者という男に出会った。その男も同じホテルに滞在しており、熱を出したという奥さんを部屋に休ませて散策しているところだという。

 二人は意気投合して会話も弾んだ。結局、男同士で飲みに行くことになり、この会食の後近所のバーで落ち合う約束をしたという。彼は、得意の英語で外国人とコミュニケーションがとれたことを誇りに思っていた。奥さんは反対していたが、彼は有頂天になって耳を貸さなかった。

 小浜さんは、その話に不自然な点がいくつか見られるのでやめた方がいいと説得した。麻生さんはだいぶ渋っていたが結局納得し、行くことをあきらめた。そんなやり取りをしているうちにデザートが出て会食はお開きになった。

 店を出て、小浜さんがコートを着ようとしているとき、麻生さんが「あいつだ!」と小さく叫んだ。見ると、ホテル手前の交差点わきに4~5人の不良っぽい男がたむろしていた。そのうちの一人が例の“ドイツ人”だという。

 麻生さんの奥さんは、とっさに小浜さんのコートをひったくりご主人の頭からすっぽりとかぶせた。彼女の、その後の指示もてきぱきとしていた。5人で彼を囲い込み、男達の脇をすり抜けて一目散にホテルに駆け込んだ。

 あとで聞いた話では、旅行者がそのようにして金品を巻き上げられる事件が多発しているという。麻生さんは、ホテルのルームナンバーまでその男に告げていたという。彼が、その夜不安で眠れなかったことはいうまでもない。

 麻生さんは、帰国後も小浜さんのことを神様仏様と呼んでいるそうだ。
(2009年1月30日)