わが家の創立記念日

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[エッセイ 12](既発表 7年前の作品)
わが家の創立記念日

 3月某日、この日は私たちの結婚記念日である。朝から冷たい雨が降り続き、せっかく開いた梅の花が寒さにちぢみあがっている。37年前も、その日は雨だった。私たちの結婚披露宴の祝辞で、あるお客さまが「雨降って地固まる」という諺を引用してくださったのが印象的だった。

 私たちの結婚生活も晴れ間ばかりだったわけではない。多くの雨の日、数え切れないほどの風の日を経験してきた。結婚当初はとくに経済的に苦しかった。住宅にこそ恵まれ、最初から公団住宅の2DKに入居できたが、家賃は手取りの半分近くに達していた。新聞の集金人が来ると、居留守を使わざるをえなかったというのがわが家の語り草になっている。

 私たちは、ありがたいことに2人の子宝に恵まれた。一姫二太郎のその子たちは、親の欲目なのかそれなりによく期待に応えてくれた。それでも、その子たちの教育のことで意見が対立したり、進路について一緒に悩んだりしたことも1度や2度ではなかった。

 10年前、私たちははじめての海外旅行に出かけた。その直接の動機は勤務先の永年勤続表彰であったが、その実は自分たちへの永年結婚生活表彰とでもいうべきものであった。私たちの参加したツアーには中年のカップルが多く、参加の動機も似たようなものであった。これらのカップルはみな独特の雰囲気を持っており、2人で1つという感じがよくにじみ出ていた。

 私は、それぞれのカップルの相手が誰であるか、多くの参加者の中から容易に見つけ出すことができた。逆に、それ以外の組合せは非常に不自然に思え、容易にはイメージすることができなかった。この人たちは、お互いの長所と短所をうまく噛み合わせ、長い時間をかけてその隙間を埋めていったものと思われる。

 一方、同宿のホテルには新婚と思しき若いカップルもたくさんいた。この人たちの場合、それぞれの相手を見極め特定するのはとても困難であった。大きな円卓に、男女交互に座って朝食を取っていたが、右隣が本当の相手なのか左隣がそうなのか、どちらの組合せもあまり自然には感じられなかった。

 人間の特性には、長短同じくらいの出っ張りと引っ込みがあるようだ。夫婦を構成する一人ひとりの特性は、バラツキが大きいほど個性豊な夫婦に成長する。その長短とバラツキが、1つの夫婦という瓶の中であたかもお酒が熟成するようにうまく噛み合ってくるものと思われる。

 夫婦が創り上げた個性の豊かさは、2人で耐え抜いた嵐の強さに比例するのかもしれない。夫婦2人の絆の強さは、2人で耐え忍んだ雨の量に比例するとも考えられる。まさに、雨降って地固まる。先輩たちを見ていると、ふとそのように思えてくる。
(2003年3月1日)