ソファーのある暮らし

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[エッセイ 272](新作)
ソファーのある暮らし

 子供のころから、茶の間とチャブ台のくらしはあっても、洋室にソファーという生活には縁がなかった。ただ、外国映画でよく見かけた、あの暖炉の前の団欒風景には大きな憧れを抱いていた。

 それが現実になったのは、自分の家を持つことができたときからである。もちろん暖炉を置くほどの余裕はないが、それでも一階の一番いい場所をダイニング兼リビングルームとして13畳ほどのスペースを確保することができた。

 そして、そこに置く家具類は、新築家屋の中核スペースにふさわしい立派なものを選ぶことにした。予算的にはすでに目一杯であったが、市内の家具店数店を回り、しっかりと品定めをした。3日後には、セパレートタイプの革製のソファー5脚とガラストップのテーブルが届いた。

 洋室での生活が始まってみると、なるほど快適であった。テレビを見るのも、新聞を読むにもゆったりとしたくつろいだ気分になれる。ところが、足元がどうにも落ち着かなかい。どうやら、畳の上の生活が恋しくなってきたようだ。とうとうソファーを降りて、テーブルとの間の狭いスペースに直に座り込むようになった。冬に向かうと、コタツもほしくなってきた。

 ホットカーペットがあれば、ソファーに腰掛ける生活スタイルを維持できるのではないかと考えたが、床に座り込む習慣からは結局抜け出せないままである。ソファーを、腰掛けとして利用するのは一年のうち8~9カ月、そこに座らず背もたれ代わりにしているのが3~4カ月というのが実態である。

 あれから30年、月日とともにソファーの革は汚れクッションの部分は傷みが目立つようになってきた。思い切って買替えるか、あるいはいまの皮を張替えるか、どうやらその決断のときがきたようだ。とりあえず、家具店で新しいものを見たうえで決めようとしたが、かつて訪れたあの3店はいずれも撤退して気楽に見て回ることができなくなっていた。一方、いま使っているものへの愛着は強く、できることなら張替えで済ませたいという気持ちになっていた。

 さいわい、市内には古くからの専門業者があった。見てもらったところ、少し手をかければまだ十分使えるという。結局、クッションの部分だけを張替え、他はクリーニングしてそのまま活かすことにした。それでも、最新の大型液晶テレビに匹敵するくらいの見積もりになった。やや躊躇する場面もあったが、エコの側面も考え打ち合わせどおり発注することにした。

 2週間後、面目を一新したピカピカのソファーが届いた。私は、これを機会にソファーに腰掛ける洋風の生活スタイルを貫こうと決意した。しかし、寒さには勝てず、あいかわらずカーペットの上に座り込む日々が続いている。
(2010年2月28日)