世代交代

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[エッセイ 7](既発表 6年前の作品)
世代交代

 横綱貴乃花が現役を引退した。彼は実力と人気を兼ね備えた史上比類のないスーパーヒーローであった。

 貴乃花は、理想を追求するその姿勢から求道者や哲学者にも見えた。彼は力士に不可欠な強い精神力、高い技術そして強靭な肉体の三つの必要条件を完璧なまでに備えていた。そして彼は、立派な血統に恵まれていた。彼の尊敬してやまない父は、師匠でありしかも名大関であった。伯父はかつて栃若の黄金時代を築いた歴史に残る大横綱であり、兄はつい最近まで彼と人気を二分する気鋭の横綱であった。

 彼と彼の兄は、彼の中学校卒業と同時にそろって相撲界に入門した。兄は若花田、弟の彼は貴花田を名乗った。若花田は伯父若乃花の若の字を、貴花田は父貴乃花の貴の字を、それぞれ彼らの苗字の前に戴いたものである。彼らの初々しい相撲とその勝ちっぷりは、突如として若貴ブームを巻き起こした。大相撲の人気は、彼ら二人そろっての活躍と順調な昇進によって急速に盛り上がっていった。
 
 若花田と貴花田は出世とともにその名前も変えた。それぞれ、名前から「田」の字を外し花の前に「の」を入れた。この「の」は、最終的には「乃」の字に変わり、それぞれ二代目若乃花、二代目貴乃花となった。二人とも横綱に上りつめ、ハワイ出身の二人の大型横綱とともに土俵上で覇を競いあった。今にして思えば、このころが大相撲人気の絶頂期であったようだ。
 
 最近の二年間、貴乃花はけがに悩まされ本場所をほとんど休場した。多くの人が、彼のことを心から心配していた。一緒にやってきた兄はすでに引退していない。彼はなんとか復活を果たそうと頑張ったが、けがにはとうとう勝てなかった。彼はまだ三十歳、多くの人が名横綱の早すぎる引退を惜しんだ。

 貴乃花が引退しようとしているちょうどそのとき、新しいヒーローが現れた。モンゴル出身の大関朝青龍が二場所続けて優勝し、あっという間に横綱に昇進した。外国人の横綱としては、曙、武蔵丸に次ぐ三人目である。そのスピードあふれる多彩な技は、大相撲に新たな魅力を加えようとしている。彼からは、発展途上特有のあふれんばかりの勢いと無限の可能性が感じとれる。モンゴルとの新たな国際関係の展開も魅力である。

 新しい酒には新しい皮袋が必要である。カニやえびは脱皮を繰り返しながら成長していく。満ちた月は必ず欠けるが、闇夜の次には必ず月夜がやってくる。

 世代交代は新たな発展を約束する。国際化は更なる飛躍を予感させる。感傷を捨て、去り行くヒーローに大きな拍手を送ろう。海の向こうからやってきた新しいヒーローには、大いなる活躍と新たな魅力を期待しよう。
(2003年1月29日)