グランドキャニオン

イメージ 1

[エッセイ 85](既発表 4年前の作品)
グランドキャニオン

 はるか彼方、目線よりやや上方に地平線が広がる。ところどころ欠けた部分も見られるが、ほぼ完全な水平といっていい。対岸の岩壁には、その地平線にそった茶褐色の横縞模様が何十層、何百層にも重なって見える。

 1千万年にもわたって風雨に浸食され続けたこの大渓谷は、固い部分だけが残されたのだという。壁は垂直に近いが、じぐざぐ、でこぼこ、ぎざぎざ、そしてところによっては屏風や塔のような孤立した部分も残されている。大自然の造形作業は気まぐれそのもの、それも途中で放りだした格好である。

 その谷に、やがて日没が迫ってきた。左やや後方の地平線の彼方から、黄金色のスポットライトが当てられる。陰の部分は暗さを増し、陽の部分は明るさがいっそう輝いて見える。その光のコントラストは、大自然雄大さをくっきりと浮かび上がらせ、造形作業が気まぐれでなかったことを実証してみせる。
 
 アリゾナの台地に刻まれたグランドキャニオン国立公園を、私たちはいま断崖の一番上に立って眺めている。展望台の標高は2,100メートル、はるか彼方に見える対岸までは20キロ近くはありそうだ。足元の谷底まで、その高低差は1,600千六百メートルに達するという。

 膝が震えて、まともに覗き込むこともできない。もちろん降りていくことは不可能ではないが、上と下では気候はまったく違い、その道のりは難渋を極めるという。それでも、谷底のロッジは1年半先まで予約でいっぱいだそうだ。この渓谷、長さは450キロに及ぶというから、私たちが目にしているのはそのごく一部分に過ぎない。

 露出したその岩肌には、地球の歴史の三分の一にあたるほぼ20億年分の地層が見られるという。大別して12の層に分かれているそうだが、横縞の数はその何百倍もあるようにみえる。この大地はかつて海の底にあったという。

 そこを舞台に、20億年近くにわたって堆積、隆起、沈下のドラマが繰り返えされた。活動が、いまの隆起した状態で止まったのは6,500万年くらい前だ。その台地を、1千万年くらい前からコロラド川が侵食を始め、120万年くらい前には現在の姿がほぼ形づくられたという。

 渓谷を楽しむには、下流からその流れを辿りながら景観の最も優れたところへと向かうのが普通である。ところがグランドキャニオンでは、背後から頂上に迫り、上から谷を見下ろす逆の発想が必要である。100年前、ここを訪れた時の大統領ルーズベルトは「すべてのアメリカ人が必ず目にすべき偉大な場所」とたたえたという。

 グランドキャニオンという日本人好みのありふれた形容名詞が、固有名詞として堂々と通用しているのはその圧倒的な存在感に他ならない。その実態から、世界遺産などといわず地球遺産と呼んでみてはどうだろう。
(2005年1月22日)