徹夜踊りの町

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[エッセイ 225](新作)
徹夜踊りの町

 ぜひ行ってみたいと思っている盆踊りが三つある。熊本県の山鹿灯篭まつり、富山県おわら風の盆、それに岐阜県の郡上おどりである。いずれも映像でしか目にしたことはないが、前二者が「見せる踊り」であるのに対し、三つ目の郡上おどりは「参加する踊り」ではないかと思う。

 その郡上おどりは、山内一豊の妻・千代の兄である遠藤慶隆が、郡上八幡城の4代目城主であったころに起源をもつ。彼は、当時ばらばらに行われていた盆踊りを整理統合し、人心の安定に役立てるため大いに奨励したという。

 郡上おどりは、7月12日の「おどり発祥祭」から9月6日の「おどり納め」まで、延べ32日間断続的に続けられる。会場は、縁日や記念日などに合わせて町内各地区を持ち回る。圧巻は、8月中旬4日間の「盂蘭盆会(徹夜おどり)」である。午後8時から翌朝の4時まで、中2日間は5時まで続けられる。

 おどりの種目は全部で10種類、「かわさき」「三百」「春駒」それに「ヤッチク」といったところがポピュラーだそうだ。おどりの最後は「まつさか」という種目で締められるという。衣装は、ゆかた掛けに下駄履きというのが一般的なようだが、とくに厳しい決まりはないそうだ。

 四国などで見られる特設ステージや観覧席といったものは一切ない。おどりの輪には誰でも参加でき、いつ入ってもいつ抜けてもかまわないという。見物人より踊り手の方が多いというのが郡上おどりの最大の特徴であろう。

 その郡上八幡には、盆踊りのほかなんの予備知識もないまま、いきなり街に入っていった。きれいに保存された古い街並み、あちこちで出会う大きな寺院、ところどころに泉が湧き、風情のある川が幾筋も流れている。街は、観光客らしい人たちで朝からにぎわっていた。

 高いところなら、もっと素晴らしい眺めが期待できるのではと車を進めていたら、偶然郡上八幡城に出会った。例の千代の父が開いた由緒ある城だそうだ。明治2年から廃城となっていたものを、昭和8年に木造で再建したのだという。

 実はこの春、岐阜県の旅のアドヴァイスをいただこうと、県の関係機関から観光資料を送っていただいた。分厚い封筒には26点にも上るカタログ類が同封されていた。中身は、岐阜市高山市白川郷下呂温泉、それに奥飛騨温泉の関係で占められ、郡上八幡の資料はまったく見当たらなかった。
 
 このことだけで決めつけてしまうのは少し乱暴かもしれないが、当事者はもう少し前向きであってもいいのではないだろうか。これ以上よそ者に押しかけられては困ると考える住人がいるかもしれないが、その一方、できるだけ多くの人にその良さを伝え、理解してもらう義務もあるのではないだろうか。
【美濃、飛騨の旅】(2008年11月17日)

※写真は郡上八幡