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[エッセイ 1](既発表 6年前の作品)

 
 朝、目がさめてみて驚いた。窓の下には大きな河がゆったりと流れていた。遠くには高層ビル群がかすんで見える。ガイドが迎えにくるという八時半までには多少時間があったので、朝食のあとホテルの庭に出てみた。大河に続くその場所は、椰子の大木が生い茂る南国特有の雰囲気を醸し出していた。
 
 昨夜10時過ぎに着いたタイ・バンコクのこのホテルは、中心街からかなり外れているように思えた。やっと着いたばかりであるが、日本ならもう真夜中に近い時間、面倒なことは考えずシャワーを浴びて早々にベッドに入った。立地条件のあまりよくないホテルだろうと思っていたが、こうして明るくなってみると、リゾート気分もまんざらでもない。

 ガイドに案内された船着場は、その庭の続きにあった。私たち夫婦とガイドを乗せた貸し切りボートは、チャオ・プラヤ河をさかのぼって最初の訪問先「暁の寺院」にむかった。次は、河の中に群れるなまずを見にいくという。ボートは、中古自動車からとったと思われるエンジンをうならせながら、最後に「エメラルド寺院」と「王宮」に案内してくれた。渋滞も信号待ちもない快適な名所めぐりの半日であった。

 その翌日は、チャオ・プラヤ河上流にある古都アユタヤと、山田長政が拠点にしたという日本人村の遺跡を訪ねることにした。船で大河を溯るのも一興ではあるが、さすがにそれは選択肢の中にはなかった。バンコク市街を一歩出るとそこは一面の湿原であった。稲を刈った後なのか、もともと湿原だったのか、アユタヤまでの一時間半、両側は見渡す限り水に満ちていた。

 そういえば、前日行ったサンブラーン象公園までの両側も、毎日歩いたバンコク市内の側溝も、水があふれんばかりに満ちみちていた。タイ全土のことは知るよしもないが、その何分の一かはこのような状況にあるのではなかろうか。

 タイといえばすぐ稲作が連想されるくらいこの国は水に縁がある。現実に水上交通が発達し水の量にも恵まれている。しかし、タイの水道水は飲用には適さない。私達の滞在したホテルの洗面所には、カウンターの上に2本のミネラルウォーターが置かれていた。それらの説明書きには「For Drink」と書かれていた。ガイドは、水道水を口に入れてはだめ、歯を磨く時は必ず飲用水を使いなさいといっていた。ミネラルウォーターは、サービスではなく必需品なのだ。

 水は、その量の確保とともに質の維持向上も要求される。わが国では、「安全と水はただ」と言われてきたし、私達もずっとそう信じてきた。今の日本において、これらの条件を維持するためには大変な労力とコストがかかるようになった。そして、セキュリティーサービスはビッグビジネスに成長した。
(2002年11月30日)