阿寒湖のマリモ

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[エッセイ 208](新作)
阿寒湖のマリモ
 
 むかし、阿寒湖半にアイヌの集落があった。その集落の酋長に、セトナという娘がいた。セトナはたいそう美しく、若い男達に絶大な人気があった。

 そのセトナは、下男のマニペに好意を寄せていた。しかし、身分の違いは大きく、それを乗り越えられるはずもなかった。やがてセトナは、副酋長の息子と婚約させられる。しかし、彼女は以前からその男をたいそう嫌っていた。

 ある夜、セトナがマニペと密会しているところを、その副酋長の息子に見つかってしまう。その男は、有無をいわさずマニペに襲いかかる。彼は必死になって防戦し、誤って相手を殺してしまう。

 罪にさいなまれたマニペは阿寒湖に入水する。残されたセトナも、後を追って湖水に身を沈める。二人の魂は美しいマリモとなって、いまも阿寒の湖底を漂っているという。

 このお話は、阿寒湖に残る有名な伝説として、阿寒湖に向かう途上、バスガイドから語り聞かされたものである。

 その球状をした阿寒湖のマリモ(毬藻)は、日本ではそこだけでしか見られないきわめてめずらしい藻である。世界でも、アイスランドミーヴァトン湖など数ヵ所でしか確認されていないという。このため、1952年に国の特別天然記念物に指定された。

 実はこのマリモ、糸状の藻が何本も集まって球状になったものである。糸状のままの同じ種類の藻は、道内はもとより青森県山梨県の各湖沼、さらには琵琶湖でもごく普通に見られるという。なぜ、阿寒湖だけ球状になるのだろう。以前、NHKの番組で見たことはあるが、具体的なメカニズムの記憶はない。

 ところで、阿寒湖畔には立派な温泉と商店街があり、一角にはアイヌコタン(部落)もある。そのしゃれた温泉街は、ほとんどが民芸品店で構成されている。最近は、アイヌこけしや木彫の熊はあまり売れず、ふくろうの置物や養殖のマリモに重点が移っているという。どの店でも、ビンに詰められた水に浮ぶ養殖のマリモが山積みにされていた。

 そういえば、国の特別天然記念物にまで指定されている貴重なマリモが、なぜそんなに簡単に養殖できるのだろう。実は、釧路湿原にあるシラルトロ湖という湖に生息している糸状の藻を採集し、手でまるめているのだそうだ。おかげで、そちらの糸状の藻は激減し、絶滅の危機にあるという。

 ところで、冒頭のセトナとマニペの伝説であるが、こちらは大正時代に某有力新聞社の記者が、観光のために創作したものだということがわかった。

 メルヘンの世界は、そっとしておいてこそ夢があり価値があるようだ。
(2008年5月25日)

写真 上:朝の阿寒湖(正面の島は”小島”、後ろは雄阿寒岳の裾野)
    下:お土産の”養殖マリモ”