サルスベリ

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[エッセイ 218](新作)
サルスベリ

 小さなハチが家内を襲った。ある晴れた日、二階のベランダで布団を干しているときのことだ。ハチは、すぐそばまで伸びてきたサルスベリ百日紅)にたかっていた。ミツバチを一回りスリムにしたような小さなものだったので、少し腫れて痛んだだけで大事には至らなかった。ただ、ハチは2度目以降が危険ということなので、二度と刺されることのないよう注意させている。

 このサルスベリは、27年前に他の仲間たちと一緒にわが家にやってきたものだ。もちろん、立派な成木であり形もなかなかのものであった。ところが、夏になってもほとんど花をつけることはなかった。並んで立つ働き者の豊後梅とは比べものにならなかった。私は、ナマケモノスベリといってさげすんだ。
 
 それでも、虫がつくと消毒をし、冬になると枝を落としてやった。ある年の夏、花をつけないのならと剪定に来ていた植木屋が枝を全部落としてしまった。ところが、数日のうちに新芽が出て、その枝はどんどん伸びていった。そして、お盆過ぎには花を咲かせた。以来、つける花は年々少しずつ増えていった。いまでは、枝先は花の房になりハチもたくさんやってくるようになった。
 
 サルスベリは、どこででも見られる庭木の定番である。市内でも、旧国道1号線や県道に並木として植えられている。樹木に、花のほとんど見られなくなる夏の間、夾竹桃とともに暑さでうだる人々の心をやさしく癒してくれる。高浜虚子の「炎天の 地上花あり 百日紅」は、その様を見事に表現している。
 
 サルスベリは、中国南部原産のミソハギ科の落葉高木である。幹は高さ数メートル、表面はこぶが多く淡褐色でつるつるしている。皮が滑らかで猿でもすべるということから、「猿滑」とよばれるようになった。

 夏から秋にかけて、鮮紅色または白色の小花が房状になって群がり咲く。およそ100日も咲き続けるので、「百日紅」と書いてサルスベリと読ませるようになった。「散れば咲き 散れば咲きして 百日紅」。加賀千代女は、鮮やかな紅色をしたちりめんのような花が、3カ月以上も繰り返し咲いていく様子をこのように描写した。

 秋になり、葉が落ちると、その佇まいはいいようもなくさみしさを漂わせる。最初の頃、細く伸びた小枝は植木屋が切ってくれていた。その切り口はこぶになり年々大きくなっていった。なぜ切るのか、確たる理由もわからないままいつの間にか私自身の手で切るようになった。そして後年、小枝を切ると切らないとでは、花の付きに大きな差が出ることを知った。

 サルスベリ花言葉は「雄弁」、「潔白」だという。猛暑に耐え抜き、無言のまま咲き続ける姿こそ、そのことを雄弁に物語っている。
(2008年9月3日)