アナフィラキシー

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[エッセイ 186](新作)
アナフィラキシー
 
 食欲の秋、スポーツの秋というが、その二つが間違って重なったとき、楽しみは苦しみに変わる。場合によっては命にさえかかわる。

 突然、ひとつふたつと首のまわりに蚊に刺されたときのような膨疹(ボウシン)が現れる。それはみるみる全身に広がり、やがてからだ全体が腫れあがったようになる。とにかく痒い。熱も出てきたようだ。そして、その腫れは気管などの内臓にも及ぶ。息苦しさから、気道が狭くなっているのが実感される。
 
 ふとんをかぶって、じっと横になっているとやがて峠が訪れる。膨疹が現れだして2時間くらいが経ったころである。全身からなにかがスーッと抜けていく感じがする。顔はまだ腫れあがったままであるが、気分は少しずつよくなってきた。今日も、なんとか無事に切り抜けることができたようだ。

 これを最初に経験したのは小学校高学年のころであった。近所の内科医で食物アレルギー、いわゆる蕁麻疹(ジンマシン)と診断され、カルシウム注射をうってもらった。豚肉かなにかがあたったのだろうということであった。

 中学校に入ってからも、ときどきその症状が出た。そのつど同じ苦しみを味わい、いつもじっと横になって嵐が通り過ぎるのを待った。あるとき、アレルギーの発症する少し前にきまってパンを食べていることに気がついた。さらに、そのあとランニングなどの運動をしていたことも分かってきた。その日の昼食はパン、午後1時間目の授業が体育というパターンが多かった。

 パンと運動、この二つが重なったとき、私は重症のアレルギーを発症する。そのことを人にいっても笑われるだけ、医者に話しても浮かぬ顔をされるだけであった。それでも、それ以来パンは一切口にせず、高校入学以降アレルギー症状とも縁が切れた。

 再びそれにお目にかかったのは、東京に出てきた数カ月後のことである。うっかり例のことをやってしまったのである。お医者さんは、大人になれば治りますよといってくれた。その後何度かおなじウッカリを繰り返してしまったが、成人して以降二度と発症することはなかった。

 近年、この方面の研究はずいぶん進んできた。私を苦しめたあのアレルギーは、「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」という種類であった。この型は、小麦やエビなどが原因物質となり、運動によってその悪い作用が一気に促進されるのだという。中・高校生を中心に、1万人に1人くらいの割でいるそうだ。

 あれから半世紀、あの苦しみは遠い過去のものになった。さいわい、私にはほかにアレルギーはない。アレルギーは人の数だけ種類があるという。自分をよく知り注意さえしていれば、それは容易に克服できるはずである。
(2007年10月8日)