送り火

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[エッセイ 180](新作)
送り火
 
 午後8時、リーダーの合図で75個所の火床に一斉に火が点けられた。暗闇の山肌に「大」の字が浮かびあがる。大の字の「ノ」の部分は火床の数が29個所、長さは160メートルもあるという。

 送り盆の16日、NHKスペシャル「京都・五山送り火」を生中継で見た。大の字は人形(ひとがた)をあらわし、人々の心身の健康を祈る意味があるそうだ。その大の字が、東山の如意ヶ岳に照らし出された。残り4つの送り火は、時間を少しずつずらしながら、左回りの方向に点火されていく。
 
 8時10分、松ヶ崎の西山と東山に妙と法の字が現れた。「妙・法」は南無妙法蓮華経の一部である。両者は、まとめて一山一字としてあつかわれる。8時15分になると、船山に「舟形」が、左大文字山にはやや小ぶりの「大」文字が同時に現れた。船山の舟は、いうまでもなく精霊を送る乗物である。

 そして8時20分、曼茶羅山に5つ目の「鳥居形」が浮き出てきた。他の4山が檀家の世襲によって維持されているのに対し、この山は有志によって守られているそうだ。火床も、他のように薪を高く積み上げたものではなく、点火された大きな松明の束を大型の燭台に突き立てていくやり方である。

 気がつくと、東山の大の字がすっかり下火になっていた。妙・法も、舟形や左大文字も、そして鳥居形までがしだいに火の勢をなくしていった。やがて、現世とあの世を繋ぐ5つの山々は元の闇につつまれていった。

 お盆には、先祖や亡くなった人の精霊(しょうりょう)が家に帰ると信じられている。13日の夕刻、迎え火を頼りに家に帰る。14日、15日と家にとどまり、16日の夜送り火に送られてあの世に帰っていく。その送り火が、お盆の行事の一環として定着したのは室町時代のころといわれている。

 精霊の送り火は、京都・五山のような山の送り火もあれば、長崎の精霊流しのような川や海の送り火もある。精霊の送り方も、家庭の庭先でひっそりと送り出すものもあれば、京都や長崎のように地域社会を挙げての行事もある。

 この日の京都の最高気温は38、6度もあったそうだ。夜になっても変わらない蒸し暑さの中、約10万人の観光客が五山の送り火に酔ったという。すっかり観光行事と化してしまった送り火ではあるが、いっときでも先祖や亡くなった人に想いをはせることができれば立派な供養になるはずである。

 今年のお盆も、15日にはUターンラッシュがピークを迎えたと報じられている。この人たちは、実家にご先祖様を迎えておきながら置き去りにして帰ってしまったのだろうか。実は、私もその一人である。今からでも遅くはないと信じ、送り火をともすことにしてはどうだろう。
(2007年8月19日)