大間のマグロ

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[エッセイ 179](新作)
大間のマグロ
 
 一人の老漁師がいた。これまで1匹の魚も釣れない日が84日間も続いていた。85日目に、老人はまだ行ったことのない遠い海に漕ぎ出していった。昼ごろ、1匹の巨大なカジキマグロが針にかかった。老人とカジキは3昼夜にわたって闘いつづける。老人はついにカジキに銛を打ち込み闘いは終わった。
 
 これは、ヘミングウェイの小説・「老人と海」の前半部分の粗筋である。ここ、本州の最北端・大間に来ると、マグロの一本釣りとこの小説のことがダブって思いおこされる。片方はカリブ海のカジキマグロ、もう一方は津軽海峡クロマグロであるが、人と魚の一騎打ちという点では共通点が多い。

 小説の最後は「老人はライオンの夢を見ていた」で終わるが、大間のクロマグロは一攫千金の夢を与えてくれる。輸入マグロの築地市場での取引価額がキロ当たり7,000円程度なのに対し、大間ブランドのマグロはキロ数万円もするそうだ。

 大間で上がるマグロは、100キロ前後の大きさのものが多いという。1匹で数百万円になる。いままでで一番大きかったのは、平成6年に上がった440キロのものだそうだ。一体いくらで取引されたのだろう。ちなみに、取引価額の史上最高記録は、平成13年の初セリで出た200キロものの2,020万円だそうだ。

 命を張って、マグロとの孤独な戦いに挑む漁師の姿は、男のロマンに満ちあふれている。小説や映画に取りあげられるのも、漁そのものが極めてドラマ性に富んでいるためであろう。しかし、いつ釣れるとも知れない一本釣りの世界は、一発勝負の色合いが濃くバクチの要素が極めて大きい。

 私たちの、北東北3日間の旅で最後に訪れたのがこの大間である。津軽海峡を挟んで北海道の潮首岬まで17、5キロ、本州最北の地である。それを示す碑と巨大なマグロのモニュメントが私たちを迎えてくれた。お土産店では、「本州最北端到着証明書」までもらった。

 それにしても不便なところである。拠点の青森市からは一日がかりの旅となる。そういえば、NHKの朝の連ドラ「私の青空」では、東京に出るのにいつも船便を使っていたように思う。このあたりで目にする病院の野立て看板は函館のそればかりである。「地の果て」が唯一の観光資源であるとすれば、マグロに力が入るのも当然であろう。

 大間のマグロは一時期壊滅状態になっていたが、平成7年以来少しずつ回復してきている。漁協の発表によると、平成18年の水揚げは227トン、10億9千万円だったそうだ。しかし、マグロをめぐる国際環境はますます厳しくなってきた。大間のマグロを気軽に口にできる日がはたして来るだろうか。
(2007年8月4日)