弘前城のサクラ

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[エッセイ 397]
弘前城のサクラ

 濠に架かる朱色の欄干、背後には白壁の天守閣がそびえる。張り出した枝に咲き乱れる薄桃色の桜花は、それらを覆い隠そうとでもしているようだ。4月の末ごろ、毎年のようにテレビで見かける本州最北の、サクラの名所の様子である。桜前線は、連休中に津軽海峡を渡り、函館の五稜郭へと北上を続ける。

 弘前城の、外濠の脇に立ったとき、すでにその見事な景観に圧倒されていた。私たちは、東側の通用口から場内に入り、中濠と内濠の間を抜けて天守閣を右手に仰ぎながら下乗橋へと向かった。目に入るのは、見渡す限りのサクラの花と人の波、そして200店にも及ぶという露店と見世物小屋の連なりである。

 下乗橋の前を通り過ぎ、濠が直角に曲がったところが、なじみのあの撮影スポットである。その風景を背に記念撮影をする人たちでごった返し、順番待ちの列さえできていた。それにしても素晴らしい光景である。ただ、写真にするには、あまりにも花が多すぎるのが難点といえばそういえなくもない。

 本丸ゾーンからは、西の彼方に雪に輝く岩木山が望める。このゾーンにもサクラはたくさあるが、枝垂れ桜が大半を占め、内濠の外側とは一線を画した柔らかい雰囲気を醸し出している。せっかくだから天守閣の内部もと思ったが、こちらは30分待ちという長蛇の列にあきらめざるを得なかった。

 この美しい弘前城、完成は400年前の1611年だそうだ。城域の広さは49万2千平方メートル、ちょうど日比谷公園の3倍に当たる。ここには多くの種類のサクラがあるが、大半がソメイヨシノのようだ。明治以降、市民の手によって少しずつ植え足されていったものだという。

 現在、場内に植えられているサクラは約2600本だそうだ。1万本を越える名所はそれほど珍しくもないが、その密集度と周囲の環境との調和は群を抜いている。とくに、お濠やそこに架かる朱塗りの橋、そして青空にそびえる天守閣は、絶妙なコントラストで私たちの心を大きく揺さぶってくれる。

 ところで、この弘前城の代表的な景色である濠と朱色の欄干、そしてその背後にそびえる天守閣の取り合わせは、今シーズンをもってしばらくお預けになるそうだ。天守閣を支えるお濠の石垣が膨らみ始め、遠からず崩壊に向かうとみられているのだ。そのため、抜本的な解体修理が必要だという。

 まず、天守閣を70メートルばかり西に移動させ、石垣を基礎から築きなおす。石垣の再構築に要する期間は約10年、そして本丸を元の位置に戻すのに約5年、あわせて15年の歳月が必要だという。

 あの景色、私たちの世代には見納めとなるかもしれない。それでも、あの美しい景観を次の世代に大切に引き継ごうとする試みには大いに敬意を表したい。
(2014年5月19日)