茅の輪潜り(ちのわくぐり)

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[エッセイ 175](新作)
茅の輪潜り(ちのわくぐり)
 
 神職の先導で、善男善女がつぎつぎと茅で作られた大きな輪を潜っていく。潜り終えると、左に回って元の位置に戻る。また潜り、今度は右に回って元の位置に戻る。3度目を潜ると、そのまま本殿の前に進んで拝礼し、お神酒をいただいて左側から退出する。これら一連の動きで、8の字を横向きに書いたことになる。これで、この半年間の罪と穢れがきれいに洗い流されたはずである。

 この茅の輪潜りは、大祓(おおはらえ)神事のハイライトである。大祓は、6月30日と12月31日の年2回各地の神社において行われる。6月の大祓は夏越の大祓(なごしのおおはらえ)といわれ、年末に行われるそれは年越の大祓(としこしのおおはらえ)といわれる。

 大祓は、701年の大宝律令で正式な宮中行事となった。しかし、応仁の乱(1467年)以降、世の中の乱れとともに立ち消えとなった。江戸時代に入り、社会が落ち着いてくると、神事としてあちこちで催されるようになった。本格的に復活したのは明治に入ってから、それも国家行事として制度化されたのである。

 終戦後の昭和21年、GHQの指令による国家神道の廃止にともなって、この大祓も公の行事ではなくなった。以降、神事の一つとして各神社で旧儀どおり続けられている。

 茅の輪は、青い茅の束をつないで、直径2メートルを越える大きな輪にしたものである。「備前風土記」の蘇民将来(そみんしょうらい)の伝承に由来するといわれている。茅は、その旺盛な生命力によって、災厄を除く神秘的な威力を持っていると考えられてきた。

 私たちはよく、「できてしまったことは仕方がない、それよりこれからどうするかが問題だ」などといったことを口にする。日本人は、過去には比較的寛容であり、将来に対してはいたって前向きである。災いからの立ち直りが早く、むしろそれをバネにする力をもっている。

 しかし、将来を強調するあまり、過去を軽くみたり水に流すようなことがあってはならない。私たちの行為や言動には、必ず果たさなければならない責任がついてまわる。犯した罪は、それと同じ重さのつぐないをしなければならない。警察も、裁判所も、刑務所も、まさに必要悪である。

 最近、マネーロンダリングという言葉をよく耳にする。資金洗浄と訳される。麻薬の密売や武器の不正輸出などによる汚れたお金を、いくつかの銀行を転がすことによって正当なお金に見せかけることをいう。

 茅の輪は、悪意から生まれた罪や穢れの洗浄機ではない。茅の輪潜りの免罪符は、善意のケアレスミスにのみ与えられる。
[2007年7月2日]

 写真は、寒川神社の茅の輪潜り