ニューヨークこぼれ話(1) 「トイレ」

イメージ 1

イメージ 2

[エッセイ 138] (新作)
ニューヨークこぼれ話(1)「トイレ」

 マイアミからキー・ウェストに向かうバスの便を予約するとき、一番心配したのはトイレのことである。全行程4時間半かかるという。はたして、途中で休憩はあるのだろうか。バスにトイレはついているのだろうか。トイレもなく、全線をノンストップで走られたら大変なことになる。

 最初にマンハッタンに出向いた日、足はおのずからワールド・トレーディング・センター跡地(グランド・ゼロ)に向かった。その真向かいには、前回2度も通った安売りデパートがいまも元気に営業していた。そのセンチュリー21という店のトイレは、いまも地階の片隅にあった。

 家内に続いてそこに入ろうとして警備員に阻止された。男子トイレは故障で使えないという。仕方なく少し離れたところで家内を待っていると、買い物袋を下げた客がつぎつぎと男子トイレに入っていった。どうやら、女性は無条件に上客であるが、なにも買わない男性は単なるトイレ借用の通行人としか見られないようである。

 あれは、ミュージカルを観るためにマンハッタンに出てきたときのことである。昼食に立ち寄ったハンバーガー店で外をながめていたら、夫婦と娘らしい3人連れが歩道で立ち話をしていた。やがて男性だけが店内に入ってきてそのままトイレに向かった。ドアには鍵がかかっていた。男性は歩道に戻り、連れの2人に両手を広げ首をすくめてみせた。

 それにしても、トイレのことは欧米の都市では必ずといっていいほどついてまわる深刻な問題である。公衆トイレは非常に少なく、あっても危険で使えない場合が多い。公共の施設でも、地下鉄の駅などでは見かけたこともない。レストランに入っても、いちいち鍵を借りなければならないことが多い。

 海外で日本人を案内するときは、トイレの間隔を2時間以上空けないようにするのが現地ガイドの必須の心得だそうだ。マンションに帰ってそんな話をしていたら、お嫁さんが、マンハッタン・トイレマップという日本語の特製地図を出してくれた。トイレが近いのは日本人の特性なのかもしれない。

 欧米の都市で公衆トイレが整備されていないのは、もともとその国の人たちにとって生理的に必要がないためだろうか。あるいは、経済的にそれだけの余裕がないからか。それとも、治安上問題が多すぎるためだろうか。いずれにしても、郷に入っては郷に従うしかない。

 マイアミを出てキー・ウェストに向かうころには、私自身すっかり我慢強くなっていた。しかも、途中で30分の休憩を入れてくれた。案ずるより生むがやすしであった。
(2006年7月19日)

[写真、上はワールド・トレーディング・センター跡地のフェンスに掲示された9、11当時の絵図、
    下はグランド・セントラル駅メインコンコース]