[エッセイ 59](既発表 2年前の作品)


 先日、家内が新鮮な鯵をたくさん買ってきた。近海でその朝捕れた目の活き活きしたものであるが、形が小さいためひと山500円で売られていたそうだ。なるほど、中形と小形が半々くらい、グラム単位で売るには商品としてやや難がある。数えてみると24匹いた。

 その日の夕食では、大きい方から8匹を刺身にして酒の肴にした。翌日は、残り3分の2から比較的大きいもの8匹を開いてフライにした。さらにその翌々日、残った小さなもの8匹を南蛮漬けにして夕食の膳にのせた。この3日間、メインディッシュの材料費は大きいコイン1個分、いくら夫婦2人だけの家庭とはいえ安くあがったものである。
 
 鯵は、生でよし、煮てよし、焼いてよし、さらには揚げてよしである。干物もまた捨てがたい。伊豆半島東側の熱海や伊東の温泉地では、朝食には鯵の干物が定番であり、お土産としても珍重されている。西側の沼津では、年間1億6千万枚もの鯵の干物が作られている。全国の生産量が約4億枚だから、その4割が作られていることになる。

 日本橋に通勤していたころ、一時期大船で乗り換えていたことがある。大船といえば、松竹映画とともに鯵の押し寿司が有名であった。帰途、よくそれを買ってきてはビールのつまみとして楽しんだ。
 
 鯵の国内漁獲量は年間20~30万トンで安定している。全国どこでもお目にかかれるが、島根県長崎県でその半分近くを占めている。漁獲量の約30パーセントが生食用、さらに30パーセントが干物などの加工用にまわされ、残り40パーセントが養殖用のエサにされるそうだ。

 統計には表れてこないが、防波堤の家族連れや小舟のアマチュアさびきで釣り上げる小あじも相当量に上るのではなかろうか。輸入量は6万トン程度ということなので、やはりというかさすが鯵は日本の大衆魚である。もっとも、「関あじ」などのブランドものは1匹数千円もするそうだから、鯵もまた二極分化が進んできたようだ。
 
 鯵は、みのもんた的な考察をすれば、うまくて、安くて、なによりも健康にいいということになる。いわゆるヒカリモノは味にくせがあり、アレルギーの引き金になることもあるという。しかし、そのなかでも鯵はもっともくせのない、汎用性に優れた食材である。

 さしみ、たたき、酢でしめた物、マリネ、押しずし、にぎりずし、ちらしずし、丼もの、煮もの、蒸しもの、塩焼き、ムニエル、てんぷら、フライ、から揚げ、南蛮漬け、開き、くさや、などなど、鯵は工夫しだいで和、洋、中、どんな料理にも素直に適応できる。
 
 鯵は5月から初秋が旬である。江戸中期の儒学者新井白石は「アジは味なり」といったとか。新鮮で、安くてうまい鯵を大いに活用し、健康で豊な食生活を満喫したいものだ。
(2004年5月22日)