アジのサビキ釣り

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[エッセイ 238](新作)
アジのサビキ釣り

 私の乗っていた釣り船がひっくり返った。泳ごうとしたが、手足がうまく動かない。カッパを着て長靴まではいている。おまけに、もう何十年も泳いだことがない。水中で、ただもがくだけだった・・。前夜こんな悪夢を見た。

 4月上旬、母の見舞いのために帰省したとき、故郷に住む友人からアジ釣りに誘われた。彼は、エンジンの付いた5人乗りの釣り船をもっている。2日後に、同級生5人で出かける予定にしており、その仲間に加わらないかというものであった。釣り場は、海岸からそう遠くないカキの養殖イカダのあたりそうだ。

 それにしても、定員5人のボートに6人は危険ではなかろうか。彼は静かにしていれば大丈夫といっていた。そのとき、彼に仲間の1人から電話が入った。なんでも重い風邪をひいて行けそうにないということであった。

 その日は好天に恵まれ波も静かだった。前夜の悪夢も心配なさそうだ。午前9時過ぎ、港を出て1キロ足らず沖の釣り場にむかった。仕掛けを落とすと、仲間2人に相次いであたりがきた。いずれも小鯛だったのですぐ海に帰してやった。ここは養殖イカダのすぐ脇なので、いろいろな魚が寄ってくるらしい。

 しかし、それ以降全く反応がなくなった。イカダの上で糸を垂れている他の人たちも暇そうな様子である。引き潮で、喰いの悪い時間に当たったようだ。午前10時を告げるサイレンが空しく響いている。場所を変えよう。

 数百メートル西に移動した。ここは、岩場と砂地の境目だそうだ。仕掛けを下ろしてすぐにもあたりがあった。仲間の1人がアジを釣り上げた。多少小ぶりではあるが、刺身にも塩焼きにもできそうな中型であった。5人に次々とあたりがきはじめた。面白いように釣れ出す。一度に、2匹、3匹とかかることもある。あの、引きの強いサバも混じっていた。

 最高潮に達したとき、仲間の1人が仕掛けのお祭りをやってしまった。みんなは忙しくてそれを手伝ってやる暇はない。本人は焦って、もつれた糸をうまくほどくことができない。その間にも、他の4人はどんどん釣り上げる。群れが去り、やっと一息ついたころ彼のお祭りも解決した。

 釣果の二百数十匹は5人で均等に分けあった。こんなにたくさんどうしよう。仲間たちは、干物にして自宅に持ち帰ればいいといってくれるがそれも大変だ。幸い、出港前から“釣れたら”という条件付きで約束していた人たちがいた。私の夕食用に4匹を残し、大半をその2軒の親戚にお裾分けすることができた。

 それにしてもこのアジたち、私たちの下手な釣りによく付き合ってくれた。おかげで、後の祭りの張本人も恵比須顔に戻った。アジたちに感謝しつつ、その命を大切にいただくことにした。
(200年4月17日)