三十五連勝

[エッセイ 58](既発表 2年前の作品)
三十五連勝

 横綱朝青龍北勝力に敗れ、初場所初日から続いていた連勝記録は史上5位の35で止まった。殊勲の初金星を挙げた北勝力は1横綱、3大関を破っての6連勝。出場している横綱大関の総なめは横綱武蔵丸武双山雅山の両大関を破った2001年秋場所海鵬以来のことだそうだ。

 最初、横綱が張り手から差して一気に土俵際に詰めた。残した北勝力は、両者にすき間ができたとみるや、右ノド輪につづいて左からおっつけて出た。横綱は苦し紛れにこれを引き、北勝力はそれに乗じて土俵外へと走った。

 横綱と堂々と渡り合って、連勝をストップさせた北勝力は当然賞賛に値する。一方の朝青龍もある面ではほっとしたのではなかろうか。連勝という重圧から開放され、あの切れ味のいい相撲が戻ってくるのではないだろうか。あるいは、緊張の糸が切れ連敗を重ねるようなことになるかもしれない。

 連勝街道とはどのような世界であろう。35連勝とは、夏の甲子園大会で2年連続優勝するようなものではなかろうか。県予選を勝ち進み晴れて甲子園の舞台を踏む。1回戦2回戦と順調に勝ち、準々決勝準決勝も苦しみながらも突破、決勝戦でついに紫紺の優勝旗を手にする。

 この間、チーム内の信頼関係が崩れたり、エースの球が上ずり始めたり、メンバーがケガや体調不良を訴えたり、はたまた雨天順延が対戦相手に有利にはたらいたりといろいろな波乱要因があったはずである。それらを一つ一つ乗り越え、すべての試合に勝利して初めて手にできる全国でただ1校の栄冠である。2年連続優勝とは、不敗神話を24ヵ月も維持しつづけることである。

 勝負に勝つには、心・技・体いずれの要素も最高の状態でなければならない。この3つがバランスよく維持され、それに運が味方した時はじめて勝利を手にできる。どんな立派な人でも、精神を安定させ勝負に集中できる状態を長期間維持するのは難しい。しかも、技も、体調も、運までも、その状態には必ず波が伴う。

 もしいずれの項目も100点満点の状態にあったとしたら、その指数は1×1×1×1=1なる。これらが波の底にあって4つとも50点しかない状態であったら、総合指数は0、5×0、5×0、5×0、5=0、0625ということになる。

 不幸にして、波の頂点がそろった1、0と底に低迷する0、0625が対戦することになったら、いくら力量に差があっても勝負にはならない。ましてプロの世界では力の差は紙一重のはずである。35連勝とは、このような厳しい状況に遭遇した場合にも絶対的に勝ち続けるということである。

 心・技・体、初めはいずれも素質という粗い原石でしかなかった。蒼き狼は、遠い異国の地でそれを磨き、運まで呼び込む立派な珠玉に育てあげた。
(2004年5月15日)