勝ち点 3

[エッセイ 83] (既発表 1年前の作品)
勝ち点 3

 後半ロスタイム、小笠原のクロスのこぼれ球が福西を経由して後方から来た。「ダイレクトシュートしかない。コースも見えた」。シュートへの決断の早さが勝因だった。体を反転させながら左足でとらえた球が測ったように相手のGKとDFの間へコロコロ。劇的な決勝点である。これは、日本が勝ち点3をほぼ手中に収めた時の様子を伝える日経新聞の抜粋である。
 
 サッカー、ワールドカップアジア最終予選は、日本を含む8チームが2組に分かれて総当たり戦で行われる。勝ったチームには勝ち点3が、引き分けたら双方に勝ち点1ずつが与えられる。各組の勝ち点上位2チームずつが、2006年のワールドカップドイツ大会に出られる。日本は、北朝鮮、イラン、バーレーンとともにB組に属している。今回の対北朝鮮戦は、その最初の試合であった。
 
 立ち上がり4分、小笠原がフリーキックを直接決めて先制した。北朝鮮の動きは鈍く、このままでは一方的な展開になるのではと楽観視された。ところがその後は、双方とも決め手を欠き一進一退のうちに前半戦を終わった。後半に入って、予想どおり北朝鮮の攻勢が尻上がりに激しくなってきた。ついに61分、ナム・ソンチョルのゴールを許してしまった。

 このままではよくて引き分け、勝利は北朝鮮に大きく傾いたかに見えた。ムードが一変したのは、欧州組の高原と中村が60分すぎに相次いで投入されてからだ。そして79分、三枚目の切り札として大黒が背中を押された。その彼がロスタイムに入った89分、あと僅か1分を残したところで決勝のゴールを挙げた。

 それにしても異常なほどの盛り上がりであった。テレビの視聴率は瞬間的ではあるが57、7パーセントにも達したという。警備は厳重を極め、スタンドには両チームの間に緩衝地帯まで設けられた。やはり、国を代表するチーム同士の戦いであり、まして相手はあの国である。昨今のギクシャクした関係から、異常な雰囲気になるのは当然である。

 このような光景を目にすると、政治とスポーツは分けて考えるべきだという声が必ずあがってくる。しかし、クラブチームならいざ知らず、実質、国同士の対戦ともなればそれほど醒めた目でばかりは見ていられないはずだ。故郷、居住地、民族、あるいは国、こうした共通の土俵を持つ者同士が気持ちを一つにして応援するのは人間の感情として当然の成行きである。
 
 政治もまた、こうした集団の上に成り立っているとすれば両者を明確に分けることなど不可能である。もしそうした場でまったく冷静であったとすれば、そのゲームそのものが魅力に乏しい応援に値しないものであったということになる。肝心なのは、その集団の理性であり、その理性が通用する社会の仕組みである。
(2005年2月11日)