湯たんぽ

[エッセイ 114] (新作)
湯たんぽ

 湯たんぽが静かなブームだという。興味津々、懐かしさも手伝ってさっそくホームセンターを覗いてみた。ところが、それらしきものはどこにも見あたらない。聞けば、2ヵ月前から極端な品薄状態にあるという。この冬の寒さと原油高、それに昭和レトロブームが寝た子を起こしてしまったようだ。
 
 東京で一人住まいを始めたころ、湯たんぽにはたいそう助けられた。三帖一間、トイレと炊事場が共同の木賃アパートでは、暖房は必然的にそれに頼らざるをえなかった。
 
 ある日、例によって前日使ったブリキ製の湯たんぽをガスコンロにかけて、自室で沸き上がりを待っていた。ハッとした。もしかして、湯たんぽの栓を開けるのを忘れ、そのまま火にかけてしまったのではないか。
 
 急いで炊事場に戻ろうとドアに手をかけた瞬間、大音響が轟いた。湯たんぽは継ぎ目から真二つに割れて吹き飛び、天井や周囲の壁からは熱湯がしたたり落ちていた。さいわい、そこに人はいなかった。私自身も部屋から出る直前で、湯たんぽの破片や熱湯にやられることはなかった。しかし、私は腰が抜けたようになり、しばらくは身動きすらできなかった。
 
 もしそこに誰かいたら、もし私がもう数秒早く気づきその瞬間に出くわしていたら。そう考えただけで、半世紀近く経ったいまでも恐怖に身の毛がよだってしまう。

 ところで、湯たんぽは漢字で表現すると「湯湯婆」となる。むかし中国から渡ってきたとき、漢音で「たんぽ」といっているのを単なる容器のことと勘違いし、湯を使うのだから「湯たんぽ」だと名づけてしまったようだ。

 湯たんぽのよさは、なんといってもそのやわらかな暖かさにある。就寝中に火事やガス中毒になる心配もない。低温火傷にさえ注意すれば、翌朝までぐっすりと眠れる。朝になれば、そのお湯を洗面や拭き掃除に利用することもできる。クリーンで、まことに経済的な暖房器具である。

 最近の商品は、伝統的な陶器やブリキ製のほか、プラスチックやゴム製のものもある。デザインや色彩もしゃれており、値段も手ごろなのがうれしい。

 私の恐怖体験を繰り返さないために、安直な直火での加熱は厳に慎みたい。できれば、湯たんぽ自体にそれを防ぐ歯止めの機能がつけられているといい。もし、どうしても無理なら、プラスチックのように火にかけたら溶けてしまう素材の使用が望ましい。

 私は、いまのところ足が冷えて眠れないということはない。しかし、歳を重ねるとともに、いつまた湯たんぽのお世話になるときがくるかもしれない。
(2006年2月11日)