あかぎれ

[エッセイ 113]
あかぎれ

 苦学中の彼は、風の便りに母があかぎれで苦しんでいることを知った。よく効くと評判の軟膏を懐に、故郷にとんで帰った。雪の降りしきる井戸端で、水仕事に精を出すうしろ姿にそのことを告げると、すぐ引き返して学問に励めと、母は顔も見ないまま厳しく叱責した。
 
 親指にできたあかぎれを見ていたら、子供のころ偉人伝で読んだこんな場面を思い出した。あのころ、あかぎれはしもやけとともに冬には避けて通れない、一種の風物詩でさえあった。

 この冬、例年になく寒さが厳しかったためか、半世紀の時を越えて久しぶりにあかぎれと再会した。お正月に備えて慣れない拭き掃除を手伝ったせいか、はたまた高齢のために手指の脂が抜けてきたせいだろうか。

 それにしても、とにかくヒリヒリと痛む。水に浸けると痛いのは当り前であるが、なにかの拍子で物にぶつけたりするとびっくりするほど痛い。仕方がないので、薬をつけてバンソウコウを貼り、しばらく右手は使わないことにした。

 この「あかぎれ」、もともと寒い季節にだけ見られるものである。冬は、寒さのために皮膚の血管が収縮し、皮脂腺や汗腺の働きが悪くなっている。こんなとき、冷水や洗剤などで皮膚表面の脂肪膜を取り去ることを繰り返していると、角質層も壊れやすくなり、結果としてあかぎれへと進行する。

 あかぎれの予防は、手指を寒さから守り、入浴やマッサージで皮膚の血行をよくすることである。さらに、脂の多い軟膏やクリームをよくすりこんでおくと、予防はもちろん手当てとしても役に立つ。あかぎれの部分には、バンソウコウを貼って保護しておくのがよい。
 
 「しもやけ」については、もう少し複雑なメカニズムによっておこるらしい。
手足や耳は、寒い環境にさらされると、皮膚の動脈を強く収縮して血液の流れを制限し、皮膚の温度を下げてそれに耐えようとする。しかし、こういう状態を長く放置するといろいろな支障がでてくるので、7~8分に1回くらい血管を短時間開き、その間に急いで栄養を運び老廃物を持ち去る作業を行う。

 これを寒冷血管拡張反応と呼ぶが、これがじゅうぶんでないときにしもやけになる。つまりしもやけは、寒冷→動脈収縮→老廃物蓄積→酸素不足→静脈うっ血→炎症というプロセスを経て発症する。(参考:国民医学大事典)

 あかぎれ、しもやけ、それに青ばな。こうした子供の元気さを象徴するような現象が、社会の発展とともにいつのまにか忘れ去られてしまった。痛さや苦しさから開放されたのは嬉しいが、その一方で少子化とどこかで結びついているようで心配でならない。
(2006年1月28日)