長月

[エッセイ 640]

長月

 

 9月の暦をながめていたら、脇の方に「長月」と書かれていた。そういえば、3ヵ月前に、雨の多いこの6月をなんで「水無月」と呼ぶのだろうと、話題になったことを思い出した。9月の異名長月についても、その由来をいろいろ考えてはみたが、その根拠は「秋の夜長」くらいしか思い当たらなかった。

 

 そこで、いったいなにが「長い」という名前の由来になったのかを調べてみることにした。ここで注意しなければならないのは、この異名が旧暦を前提にしているということだ。ちなみに、今年の旧暦9月は、新暦の9月26日から10月24日まででかなり繰り上がっている。しかし、平年の旧暦9月はもっと遅く、新暦の10月上旬から11月上旬である。

 

 長いという呼称の根拠でもっともだと考えられるのは、この時期の秋の夜長と秋の長雨である。事実、「夜長月」または「長雨月」が縮まって長月になったという説がある。旧暦だと、9月は秋分の日以降にあたることから、昼間より夜の方が長くなるころである。また、台風シーズンは過ぎ去ったものの、秋雨前線が停滞して秋の青空が待ち遠しいという時節でもある。

 

 一方、秋ということから、稲にまつわる言葉が転じたものもある。その一つは、「稲熟月(いねあがりづき)」が元になって稲が長く成長する意味の「穂長月(ほながつき)」となり、それが簡略化されて「長月」となったという説である。そしていま一つは、「稲刈月(いねかりづき)」から「い」と「り」が省略されて「ねかづき」となり、それが転じて「ながつき」になったという説である。

 

 このように、9月は昼間が短くなっていくのとは逆に、夜は加速度的に長くなっていく。秋は、酷暑に耐え抜いてきた身体を、一旦立ち止まってしっかりといたわるときである。豊かに稔った穀類や甘く熟した果物、暑からず寒からずの快適な気候、それらを存分に享受できる季節なのだ。

 

 そして秋は、夏の浮き立った心を静めるときでもある。朝晩は急に冷え込むようになり、野山の木々は色づきが進む。澄み切った夜空には名月が浮かび、足下では虫の声がひびく。時を忘れて読書に耽るのもよし、夏の間忘れていた日本酒で月見酒としゃれ込むのもまたおつなものかもしれない。

 

 実は、9月の異名は長月だけはない。彩月(いろどりづき)、紅葉月、菊月、菊咲月、梢月、さらには寝覚月などさまざまである。かくして、あれこれ長々と考えてはみたが、いまひとつ説得力に欠けている。そこで、ここでは、長月は「長寿、長命の月」と解釈することにしてはどうだろう。9月15日から21日までの一週間は「老人週間」であり、9月19日は「敬老の日」となっている。この月は、国を挙げて長寿、長命をお祝いする時節なのだ。               

                                                                                (2022年9月14日 藤原吉弘)